28,火祭りの夜
テントの外が騒がしくなった。
大イノシシの解体が終わり、ドワーフたちが帰ってきたのだ。
大きな獲物を得て、大騒ぎしているのが聞こえてくる。
私たちがテントから出ると、ちょうど夕日が沈む瞬間だった。
ドワーフたちの顔は夕日が照り映えてオレンジ色に輝いている。
-----ドン、ドン、ドンドコドン! ドン、ドン、ドンドコドン!
ドワーフの若い男たちが太鼓を叩き始め、やがて歌が始まる。
歌はドワーフの古代語なので意味は分からないが、食べ物を得られたことを神々に感謝するもののようだ。
「ほほ。先生、幸村殿、こたびは魔物を退治してくださり、まことにありがとうこざいます。」
おばば様は満面の笑みになっている。
さきほどは魔物を恐れてうろたえていたのが噓のようだ。
「これこれ、おまえたちも先生と幸村殿に挨拶せよ!」
三人のドワーフが私たちの前に跪いた。
いずれもこの村の若者たちのリーダーだ。
若頭といったところかもしれない。
「大イノシシのおがげで、この村の冬の食料が確保でぎますた。」
「土蜘蛛がら摂れる薬で、当分この村は病気知らずでございます。」
「大イノシシの牙、土蜘蛛の外皮で、様々なもを作るごどができます。」
そして三人の若頭は声をそろえて礼をのべた。
「まごとに、ありがとうごぜえます。」
若頭たちは礼儀正しく、まことに殊勝なことだ。
「あたしたちも大イノシシの肉が食べられるなりか?」
「これは幸村殿、失礼いたしました。今宵はイノシシ肉のロースをご賞味いただきます。」
「お愉しみなりね!」
「ほほ。幸村殿、まずは獲物を神々に捧げますれば、しばしお待ち願いますぞ。」
「これがドワーフの文化だ。」
と、私は幸村君に言った。
「魔物であれ、神々から与えられたものは神々に返すなりね。」
日が暮れた。
祭壇には大イノシシの頭と、土蜘蛛の目が乗せられている。
おばば様が祭壇の前に進み出て、神々への感謝の言葉を朗誦した。
これもドワーフの古代語だ。
広場には焚き木がうずたかく積み上げられており、幸村君が魔法で点火すると炎が勢いよく燃え上がった。
焚火である。
ドワーフたちは、こうした大きな獲物があったときは、皆で火を囲み食べ物を分け合うのだ。
焚火で大イノシシの肉が焼かれ、周囲には香ばしいにおいがただよった。
「イノシシの焼けるにおいが空腹を刺激するなりね。」
「幸村君、まずは食前酒といこう。」
「赤ワインなりね。」
「どうして赤ワインなんだ?」
「肉料理には赤ワインと決まってるなり。」
「愚か者め! 料理にどんな酒が合うかは食ってから決めるべきなんだ!」
「お腹がすいてるから、グルメ談義は今度にするなり。」
「おお、すまなかった。食べ物のことで、また人格がかわるところだった。」
「先生、赤ワインを注ぐなりよ。」
「すまんな。おっととと、そんなに並々と注ぐな。」
「先生の風の剣に乾杯なり!」
「幸村君の炎の剣に乾杯だ!」
私たちは木製の器をを合わせて乾杯した。
料理が来た。
イノシシの肉がこんがり焼けている。
旨そうだ。
ドワーフたの歌が始まり、踊りが始まり、お祭りとなった。
私たちのところにはドワーフたちがかわるがわるやってきてはワインを注いだ。
これがドワーフの客人に対する礼儀なのだろう。
なんだか日本の宴会みたいだ。
こうして火を囲んでいると、私たちもドワーフたちの仲間になったような気がした。
「キャンプ・ファイヤーなんて、高校生の時以来なり。」
「私にとっては遠い昔の記憶だな。だが、いいもんだ。」
夜が更けると、女たちは子どもを連れてテントに戻っていった。
おばば様も眠くなったようで、私たちに挨拶してから帰った。
エルキス殿は完全に酔いつぶれてしまって、ドワーフの若者たちに抱きかかえられている。
火の周りに残ったのは、私と幸村君、ヴァン殿にタリス殿。
そして村の若者たちだった。
若者たちは、幸村君にあこがれを持っているようだ。
炎の剣の一撃は、彼らの心に衝撃を与えたのだと思う。
「幸村殿、こごさ幸村殿の御名前賜りてぇ!」
ひとりの若者が、イノシシの皮を差し出した。
要するに、幸村君のサインが欲しいのだ。
とんだミーハーだが、幸村君は快く応じた。
「先生、背中を貸してほしいなり。」
「背中を貸す?」
幸村君は私の背中にイノシシの皮を押し当てて「真田幸村」とサインして若者に与えた。
若者は大喜びだ。
私の背中は机代わりか…
若者たちは次々にやってきては幸村君にサインをせがむ。
そのたびに私は背中を貸すはめになった。
「こそばいから、もうこのあたりにしてくれ。」
サインをもらった若者たちはニコニコである。
目に涙をためているものもある。
感激しているのだ。
そして若者たちは私のほうをじっと見ているのだ。
「なんだ、私のサインも欲しいのか?」
これにはヴァン殿が答えてくれた。
「先生の話が聞きたいんでさぁ。こいつらはね、やがてワシに替わって王都に登り傭兵になる戦士候補生でさぁ。」
「だから好奇心にあふれてるというわけだな。なら王都の話でもしようか?」
「違いまさぁ、異世界の話が聞きたいんでよ、先生。」
「ほう、私たちの世界の話かね。」
「そうでさぁ。ノーザン・テリトリーは広い、この国・アマテラーザはもっと広い。異世界はさらに広い。こいつらはそう思ってるんでさぁ。」
異世界はもっと広いか、いい言葉だ。
ならばこう続けよう…
「異世界はもっと広い、だが君たちの頭の中のほうが広い。」
「なんですか、そりゃぁ。」
若者のひとりが言った。
「私の国の有名な小説に出てくる言葉だ。」
「夏目漱石の『三四郎』なりね。」
幸村君が小声で言った。
よく知ってるじゃないか。
「では、君たちの広い頭の中に、私たちの世界の情報を加えてくれ。いつか役に立つかもしれない。」
そう言って、私は異世界の物語を語り始める。
自動車というものがある。鉄の馬車で自動的に走ることができる。
飛行機は鉄の鳥だ。これに乗れば世界の裏側にだって行ける。
天を衝くばかりの巨大な建物が立ち並んでいる。
インターネットという通信網が世界中に張り巡らされていて、 私たちは居ながらにして、様々な知識や情報を得ることができる。
私がしたのはそんな他愛のない話だ。
若者たちもそうだが、ヴァン殿やタリス殿も眼を丸くしながら話を聞いた。
「先生や幸村殿は、とんでもないとことから来なすったんですね。」
ヴァン殿は驚嘆の声をあげた。
私はスーツの内ポケットからスマホを取り出した。
この世界では電源も入らいないようなシロモノだが、元の世界の思い出を棄てることができなかったのだ。
「これはスマホという。この鉄の板は便利なものだ。これで世界中の人と話ができる。これで歌を聴くこともできるし、お芝居をみることもできる。買い物だってできる。」
「その小さな板がだか? もしよかったら、先生の世界の歌を聴がしぇで欲すいす。」
若者のひとりが言った。
「この世界では使えないようだ。壊れてしまった。」
「それは残念だ。んだげんと不思議なものだね。」
「私だってこの世界に来て驚いた。魔法があるような世界がほんとうにあるとは思ってもみなかった。」
「先生の世界には魔法は無いだが?」
「ない!」
と、私は答えた。
この答えに、タリス殿が素朴な疑問をさしはさんだ。
「先生、そのスマホとかいう板ですが、それって魔法じゃないですか?」
タリス殿の言葉に、その場の誰もが顔を見合わせている。
あっ、と私は思った。
(充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない。)
これはSF作家アーサー・クラークの3原則のひとつだ。
スマホという科学技術が魔法に見えるとすれば、この世界の魔法も何らかの技術であってしかるべきだ。
単なる不思議な力ではないのかもしれない。
「確かにそうだ。スマホは魔法かもしれん。」
私がつぶやくと、若者たちがどっと笑いだした。
「違いねぇ! 先生、そのスマホ、魔法だす!」
「そうだな、この魔法は魔力を必要としない。だから誰でも使える。ただし、お金を払えればだ。」
これに若者たちはさらに笑った。
「オレは王都で傭兵になって金を稼ぐっす!」
「スマホ魔法、ゲットすたいです!」
「いいですよね、金さえあれば誰でも使える魔法なんで!」
彼らの感想は素朴で楽しいものだが、世界はそんなに単純ではない。
ただ、広い世界のなかにはそういうこともあるのだと知っておいてほしい。
夜も更けた。焚火が小さくなっている。
若者たちもしたたか酔いがまわってきたようだ。
私は立ち上がり、言った。
「今夜は飲みすぎた、そろそろお開きにしよう。」
若者たちも腰を上げた。
楽しい夜もこれでお終いだ。
そんな中、ひとりタリス殿が天を仰いでいる。
「どうしたんだ、タリス殿?」
「この天のどこかに、異世界があるんですね。」
しみじみとした口調だった。
「天のどこかとは限らないぞ。」
「いえ、我らウォルフ族の戦士は死んだ後は天に登り、異世界に転生するのです。」
「ウォルフ族は皆、そう信じているのかね?」
「そうです、我らの神はウォルフ族が死ねば異世界に招くのです。」
人が死ぬと異世界に転生する。
まるでラノベのようだ。
タリス殿は嬉々として、こう続けた。
「異世界が素晴らしい所だとお聞きして、とても嬉しいのです。」
タリス殿は再び空を見上げた。
タリス殿の膝ではユリス君がすやすやと寝息をたてて眠っている。
ウォルフ族は生まれながらに戦士として生きることを誇りとしている。
それが彼らの文化のなのだ。
彼らが常に死を覚悟をして生きていることを、私は忘れていた。




