27,魔族の戦略
ドーワーフたちが大イノシシを解体している。
皮を剥ぎ、内臓を抜き、肉を切り分ける。
骨だってバラバラにして何かに使うようだ。
とりわけイノシシの牙は貴重なようで、丁寧に扱われている。
「今宵も御馳走じゃのう。」
と、エルキス殿はよだれをたらしている。
「エルキス殿、今夜は大宴会になるようだ。」
「待ちどおしいのう。シシ肉はわしの大好物じゃ。大イノシシの肉は初めてでのう。」
「宴会までにはまだ時間がある。その前に少し話を聞かせてほしい。」
「何の話じゃ?」
「魔物の話です。エルキス殿の考えをうかがいたい。今日の三体の土蜘蛛と大イノシシ、おばば様は誰かが魔物を呼んでいると口走っておられた。」
「呼ばれておるのじゃよ、魔物たちは。」
「何に呼ばれているというのですか?}
「イースタリアの方角に強い暗黒魔法の気配を感じるのう。魔族どもが使役するための魔物を呼んでおるのじゃ。」
「エルキス殿、ノックス城だな。ノックス城からの暗黒魔法がノーザン・テリトリーの魔物を呼び寄せているのだな?」
「おそらくはのう。ノーザン・テリトリーにはダンジョンが多く残されておる。奴らの狙いはノーザン・テリトリーの魔物を魔族の支配下に組み込むことじゃろうて。」
「エルキス殿、どういうことだ?」
「教えてしんぜよう。セントラルから西のダンジョンは初代王アマテラスの魔王征伐によってほとんどが焼き討ちにあった。今残されているのは小規模なダンジョンだけじゃ。だがイースタリアのダンジョンの半分は初代王の攻撃を免れた。ノーザン・テリトリーは手つかずなのじゃ。」
「マドンナとアレースが魔物の軍団を作るならば、ノーザン・テリトリーの魔物が欲しいわけだな。」
「そういうことになるのう。」
「魔族がノーザン・テリトリーに侵攻すればドワーフと戦わねばなるまい。戦いで兵力を失えば王家と戦うための戦力が削がれることになる。王家とは万全の兵力で戦いたいはずだ。そこで、魔物だけをノーザン・テリトリーから呼び寄せる作戦か?」
「さすが先生、ご明察じゃ。」
「魔物を使役するのが暗黒魔法だ。魔物の軍団を増強して王家を倒せば、この国は再び魔族の手に落ちる。そのあとでならドワーフの土地など簡単に踏みつぶせるというわけだな。」
「それが、魔族のやりかたなのじゃよ。」
エルキス殿は魔族のやり方をよくご存じのようだ。
400年前の年前の魔族のとの戦い。
その歴史を知る生き証人こそエルキス殿なのである。
この世界は歴史と言う感覚が希薄なのだ。
魔王が君臨していた時代を人々は悪い夢のように忘れ去っている。
魔族が復活した今、我々は学ぶべき歴史を持たない。
歴史は繰り返す。だから歴史に学ぶべきなのだ。
「歴史は繰り返すのだ。」
私がつぶやくと、幸村君が続けた。
「一度目は悲劇として、二度目は喜劇として、なりね。」
「カール・マルクスの言葉だな。一度目はナポレオン一世、二度目はナポレオン三世のことを言っている。」
「この魔族との戦いは喜劇なりか?」
「二度目だからな。まぁ、悲劇よりはマシだろう。」
「悲劇よりも悲惨な喜劇もあるなり。」
「どんな喜劇だ?」
「笑えない喜劇なり。」
「なんだ、それは…」
と、私は笑った。
なるほど、魔族の戦略は分かった。
ドワーフの意見も聞きたい。
「幸村君、ヴァン殿を呼んできてくれないか。」
「呼ばなくても、もう来てるなり。」
確かに、向こうから大股で歩いてくるのはヴァン殿だ。
「幸村君、ヴァン殿が来るとよくわかったな?」
「ヴァン殿は足音でわかるなり。」
「ヴァン殿、ちょうどいいところに来た。魔族の情報を共有したい。」
「魔族の情報ですか。そいつはぜひお聞きしたい。先生、タリスも同席してかまわねぇですか?」
「ウオルフ族のタリス殿か。」
「今後の魔物退治には必要な男でさぁ。」
「なるほど、タリス殿も呼んでくれ。」
タリス殿は息子のユリス君を伴っていた。
私に深々とお辞儀をしたタリス殿は、一人息子のユリス君を紹介した。
ユリス君もペコリと頭を下げた。
「ユリス君も参加するのかね?」
「はい!」
ユリス君は元気よく答えた。
「先生のお許しが出れば、ぜひ! この度の魔族との戦いはユリスの初陣としとうございます。魔族と戦って死ねれば、我ら親子の本懐にございます。」
「死ぬなどと二度と言うな。私の戦いの目的は誰も死なせないことだ。」
「ははっ、肝に銘じます。」
「ではタリス殿、ユリス君、誰も死なないための作戦会議だ。」
私たちは昨夜宿泊したドワーフのテントに集まった。
ドワーフたちは大イノシシの解体に忙しく、テントは無人である。
まず共有しておかなくてはならないのは、エルキス殿から聞いた情報だ。
ノックス城で暗黒魔法が発動している。
暗黒魔法は、ノーザン・テリトリーの魔物や魔獣を呼び寄せようとしている。
その目的は、魔族軍の増強を計るためだ。
魔物や魔獣は地下のダンジョンに生息している。
マドンナとアーレスはイースタリアの魔物にノーザン・テリトリーの魔物を糾合して魔族軍を作り上げようとしている。
「どうだね。魔族の戦略はざっとこんなところだ。タリス殿、何か意見はないか?」
「先生、魔族はノーザン・テリトリーを攻めるつもりはないのでしょうか? ならば、我らが戦うこともない…」
これにはヴァン殿が反論してくれた。
「タリスよ、よく考えてみねぇ。ノーザン・テリトリーの魔物を加えた魔族軍はまずは王家を滅ぼす。これで魔族の帝国の出来あがりってわけよ。帝国の矛先はやがてドワーフの土地を狙うだけだぜ。」
「私の考えが足りなかったです。先の先を読まなければ、魔族とは戦えないわけか…」
「そういうことだぜ、タリス。この先生はな、先の先の先の先まで読んんでしまわれるのよ。」
「ヴァン殿、私の話はいい。魔族の話だ。」
「おっと、いけねぇ。これはワシの意見だが、この村が魔物や魔獣のイースタリアへの通り道になるとすりゃあ、ここに兵を置いて阻止するべきではねぇでしょうか。」
ヴァン殿の考えにタリス殿が同意した。
「それならば、我らウォルフ族もこの地の守りに協力いたしますぞ。」
「甘いのう…」
エルキス殿だった。
「お前さん方は初代王アマテラスがどうやって魔物どもを倒したか知っておるか?」
ほお、エルキス殿。ようやく400年前の魔王征伐の核心を話す気になったか。
「エルキス殿、その話、ぜひ聞きたい。」
「よかろう。焼き討ちじゃ。初代王はダンジョンを次々に焼き討ちにして壊滅させたのじゃ。ダンジョンのなかには魔物であれ女や子どももおった。じゃが初代王は容赦なっかた。ダンジョンを焼くたびに魔物の兵力は少なくなっていったのじゃよ。」
初代王アマテラスの正体は織田信長だ。
比叡山でさえ焼き討ちした信長にとってダンジョンの焼き討ちはなんら良心の咎めるところではなかっただろう。
魔物は敵であり悪しきものでしかなっかたのだ。
じわじわとなぶり殺しにするように、初代王はダンジョンを焼いたのだという。
「あれほど恐ろしい光景はなかったのう。燃えさかるダンジョンのなかからは魔物たちの断末魔の声が聞こえてきてのう、その声が未だに耳に残っておる。」
「エルキス殿、感傷的な話は後にしてくれ。実際、私たちの兵力でダンジョンを焼き討ちにすることなどできるのか?」
「そうじゃのう、幸村殿であれば中規模なダンジョンなら一人で焼くことができる。」
「あたしなりか?」
「どうだ、幸村君。やれるか?」
「魔族討伐の大義があればできるなり。」
「そうだな、私たちは虐殺であれ、それを大義の名のもとに行うことができる。これが人族の業だ。」
「しかしですね…」
と、ヴァン殿は困惑した顔で答えた。
「我らドワーフは地下のダンジョンで平和に暮らしている魔物どもを問答無用で殺すことは神々の教えに背くことになりまさぁ。たとえ大義とやらがあったとしても、そりゃぁ人族の傲慢としか思えねぇ。」
タリス殿もこの考えに同調した。
「百歩譲って、地上で暴れている魔物を退治することには大義がありますが、ダンジョンを焼き討ちにするとなると…」
「気が咎めるかね。」
「はい。」
「よくわかった。これがドワーフの文化だ。それが私たちの文化と違ったとしても私はそれを尊重する。」
「さすが先生だ、分かってくださったか、ありがてぇ。」
「幸村君、どうだね?」
「人族とドワーフ族では考えが違うなり。お互いを尊重する気持ちがないと交渉は決裂するなり。」
「そういうことだ。だからドワーフのヴァン殿、ウォルフ族のタリス殿の意見をあらかじめ聞いておきたかったんだ。」
「ヴァン殿、ドワーフの族長会議はどうなっている?」
「魔族対策の緊急会議ですからね、急ぎ召集をかけておりますぜ。おそらく一週間後にはドワーフの神殿都市ゴーレアに代表の族長たちが顔を揃えることになりまさぁ。」
ドワーフの族長会議、私たちはそこで族長たちと意見を交わし、何らかの結論を得なければならない。
だが、今は考えるのをやめよう。
今夜は大宴会だ。大イノシシの肉を食らい、うまい酒を飲むだけだ。




