26,風と炎の剣
-----ズシーン! ズシーン!
翌朝、地響きの音で私は目覚めた。
「何だ! 何の音だ!」
私と幸村君はテントを飛び出した。
昨夜の吹雪から一転して、空は青い。
一面の銀世界に黒い巨大な影がうごめいている。
「ほほ。あれは土蜘蛛じゃ! それも三匹! このようなことは初めてじゃ。何か悪いことが起こる兆しじゃ!」
「おばば様、土蜘蛛とは?」
「魔獣じゃよ。ダンジョンから這い出してきよったのじゃ。」
-----ズシーン! ズシーン!
土蜘蛛は八本の脚を一歩一歩踏みしめるようにしてドーワーフの村に向かってく
る。
八本の長い脚は、SF 映画に出てくる歩行戦車のように機械的に動いている。
脚の上には黒い頭と胴体があり、赤い目だけが不気味に光っていた。
-----ザザッ!
私たちの背後をかすめて何者かが飛び出した。
土蜘蛛に向かって疾走している。
大きいのと小さいの、二つの影が四つん這いで駆けていく。
あれはオオカミか? 人か?
「ほほ。あれはウォルフ族の戦士タリス・ゴーダンじゃ。ほほ。小さいのが息子のユリス、まだ10歳の少年じゃが頼もしき戦士よ。」
「獣人か?」
「そうじゃよ、あのスピードで土蜘蛛を倒すのじゃよ。」
幸村君が身を乗り出してウォルフ族の戦士を見守っている。
「すごい速さなり。タリス殿は一本のロープを咥えたまま一直線に走りってるなり。」
「ユリス君はタリス殿が引きずっているロープの一方をつかんだぞ!」
「何をやるつもりなりか?」
「あのロープで土蜘蛛の脚を絡めとるつもりだな。」
「あの獣人の親子、やるなりね。あのスピードは人間離れしてるなり。」
「獣人だから人間離れしてて当然だ。おっ、ユリス君がロープの一端を大木にくくり付けたぞ!」
「得意顔で笑ってっるなり! かわいい戦士なり。」
「タリス殿は四つ足走りから、立ち上がって二足で走り出したぞ。」
「二足になってスピードは落ちたなりね。けど、手が使えるなりね。ちょこまかと走りまわって土蜘蛛の脚にロープを絡めてるなり。」
「見事だな。だが土蜘蛛がロープに気付いたみたいだ。見ろ、口を開けてる!」
土蜘蛛は糸を吐いた。
糸がタリス殿のを捕らえるかに見えた一瞬、タリス殿が消えた。
「消えたなり!」
「いや消えたのではない。早すぎて私たちには見えなかっただけだ。」
「まるで加速装置を搭載したサイボーグみたいなり。」
「だが、また蜘蛛の糸が来るぞ! 幸村君、援護してやれ!」
「承知なり! いくなりよ!」
<<臨! 兵! 闘! 者! 皆! 陣! 列! 在! 前!>>
火炎弾!
しかも特大だ!
-----ドォォーン
火炎弾は土蜘蛛の頭を直撃した。
「効いてないみたいだぞ、幸村君。」
「あんなに派手に爆発したなり。効いてないはずは無いなり。」
「ほほ、土蜘蛛は土属性の魔獣じゃ。火の魔法は効かんて。」
「そういうものなのか?」
「そういうものらしいなり…」
-----ドドッ!
私たちの頭上を馬が飛び越えていった。
ヴァン殿が騎乗している。
馬は土蜘蛛の正面に回り込もうとしている。
「やるな、ヴァン殿。これは陽動だ。土蜘蛛の注意を引き付けるつもりだ。」
「土蜘蛛の目がヴァン殿の馬を追ってるなり。」
「さすがヴァン殿だ。見てみろ、馬が踊っている!」
「あれはギャロップなり。西洋馬術の高等技術なりよ!」
「土蜘蛛の目が泳いでいるな。」
その隙に、タリス殿はロープを一直線に張りながら土蜘蛛の背後へ回り込む。
ロープが土蜘蛛の脚に引っ掛かり、タリス殿は放物線を描くように走った。
「土蜘蛛が動けば動くほどロープは絡まるなり。」
「ザマァだな。」
「ザマァなり!」
耐えかねた土蜘蛛がゆっくりと巨体を傾ける。
-----ドゥオーン!
土蜘蛛が雪煙をあげて大地に転がった。
-----うおおおおおおおおおおお!
「今度はドワーフの騎馬隊の出動なり。」
「雄叫びをあげながら、転倒した土蜘蛛に向かって駆けていくぞ。」
馬を飛び降りたドワーフたちは、武器を手に手に土蜘蛛に襲い掛かった。
彼らは土蜘蛛の脚を砕き、腹を切り裂いていく。
「とどめの一撃はタリス殿なり。」
「剣を一撃、土蜘蛛の脳天に突き刺した!」
「土蜘蛛の赤い目から光が消えたなり。」
----ウラーァ! ウラーァ!
これがドワーフの勝どきか!
しかしだ、二匹目の土蜘蛛がドワーフたちのすぐそばまで接近している。
「おばば様、土蜘蛛は風魔法で倒せるか?」
「風は土を吹き飛ばす! 風で勝てる! ほほ!」
「私の出番だな。」
「そのようなりね。また音速の風を使うなり。」
「土蜘蛛は音速の風を使うほどの大物じゃない。」
「要するに、あの脚をなんとかすればいいだけなりね。」
「そうだ、前から練習してた魔法があるんだ。」
「どんな魔法なりか?」
「幸村君の炎の剣のように風で剣ができないかと思ってな。」
「できたなりか?」
「できた。風で真空を作るんだ。この真空が何もかも切り裂く。」
「カマイタチなりね。」
「風の剣だ、行くぞ!」
<< 人間五十年! >>
私の右手が空を切った。
-----シュオ!
真空を纏った風が剣となって飛ぶ。
この剣が土蜘蛛の脚に触れた瞬間、脚は真っ二つになった。
「上出来だ。うまくいった。」
「脚は八本あるなり。もう二・三本、叩き斬るなり!」
「承知した!」
<< 下天の内を比ぶれば、夢幻のごとくなり! >>
-----シュオ!
気合を入れた分、風の剣は威力を増した。
一気に二本の脚を叩き切ったのだ。
五本足になった土蜘蛛は何とか動こうとしてるのだが、不安定なってユラユラしている。
瞬間移動したタリス殿が、ゆらゆら揺れる土蜘蛛の下に現れた。
「よし、二匹目はタリス殿に任した!」
「タリス殿はいちばん不安定そうな脚に飛び蹴りしたなり!」
「ウォルフ・キックだ!」
「ウォルーフ・キィッーク、なり!」
「特撮ドラマみたいに技の名前を叫ぶな!」
ウォルフ・キックでゆらゆらの土蜘蛛もバランスを失いゆっくりと倒れた。
さて、私は三匹目をやる。
<< ひとたび生をうけ! >>
-----シュオ!
<< 滅せぬもののあるべきか! >>
-----シュオ!
風が鳴る。
真空が獲物に触れる。
ほとんど無音のまま脚が斬り落とされる。
三匹目の土蜘蛛も雪の上に沈んだ。
「地味な感じの魔法なりね。」
「地味っていうな!」
「シブい魔法なり。」
「ほほ。召喚者殿の魔法とは凄まじきものよのう。腕の一振り二振りで、土蜘蛛を退治してしもうた。」
おばばさまは驚嘆している。
タリス殿は二匹目の、ヴァン殿は三匹目の土蜘蛛にとどめを刺した。
----ウラーァ! ウラーァ!
ドワーフの戦士たちが勝どきをあげると、村に隠れていたドワーフたちが避難所から出てきた。
彼らは安全を確かめると、木づちや刃物を手にして土蜘蛛の死体に向かった。
男も女も、老人も子どもも、村のドワーフたちはこぞって土蜘蛛の解体を始めたのだ。
土蜘蛛の外骨格を丁寧に解体し、目や内臓もばらばらに切り分けていく。
外骨格は鎧に加工され、目は神様に捧げ、内臓は薬になるのだという。
私たちはしばらくドワーフたちの作業を眺めていた。
その手際の良さは見ていて気持ちがいい。
おばば様は不安げな表情をしている。
三匹の土蜘蛛の襲来に不吉を感じているのだ。
「ほほ。ここは魔物の通り道となった。まだまだ来る。魔物は来る…」
「どうされた、おばば様。」
「魔物が来よるぞ。ほほ、魔物が来よる、誰かが魔物を呼んでおる…」
おばば様がうつろな目で宙を睨んでいる。
「おばば様、もう土蜘蛛は退治しました。ご安心召されよ。」
私はおばば様を落ち着かせようと、優しい口調で言った。
おばば様は遠くの森を指さしている。
「来よった!!」
森が大きく揺れている。
雪を巻き上げながら巨大な何かがこちらへ向かってくる。
-----ドドドドドドド!!!
森の木々を踏み倒して現れたのは、身の丈5メートルはありそうな大イノシシだった。
「あれは魔獣なりか?」
幸村君の問いにエルキス殿が答えた。
「齢百年を生きた獣は魔力を帯びると言われておる。あれは魔獣じゃ!」
「火の魔法で倒せるなりか?」
「大イノシシは木の属性じゃ。おぬしの火で焼き払え!」
「承知なり!」
<<臨! 兵! 闘! 者! 皆! 陣! 列! 在! 前!>>
幸村君は名刀ムラサメをスラリと抜き放ち、大きく上段に構えた。
ムラサメから立ち上るように、炎の剣は天を衝くばかりに伸びていく。
「幸村君、本日の炎の剣はいちだんと燃え上がってるな。」
「あたしも日々精進してるなり!」
「燃えよ剣だ!」
「燃えよ剣なり!」
炎の剣は一直線に振り下ろされた。
-----ギュイィィィィィィィィン!
雪の大地に赤い閃光が走る。
----ドドォーーーーーン
振り下ろされた炎の剣は突進してくる大イノシシを脳天から真二つにしてしまったのだ。
左右二つに斬り裂かれた大イノシシは雪の大地に地響きをあげて倒れたのであった。
「幸村君、一撃じゃないか。」
「ちょっと威力がありすぎななりね。」
ドワーフたちはあんぐり口を開けたまま沈黙している。
あまりのド派手な魔法に言葉も出ないようだ。
沈黙を破るように、ヴァン殿が勝どきをあげた。
-----ウラーア! ユキムラーァ!
そしてドワーフたち全員がこぶしを空に突き上げて叫んだ!
-----ユキムラーァ! ユキムラーァ! ユキムラーァ!
幸村コールはいつまでも続いた。
真田幸村の大イノシシ退治の顛末は、噂となって風に乗り、ドワーフの大地を駆け抜けた。
真田幸村はドワーフたちの英雄となった。
英雄・真田幸村
その名声はノーザン・テリトリーでの私たちの交渉を有利にするはずだ。




