25,ドワーフの故郷
夜になって、雪は激しくなり吹雪となった。
私たちはドワーフのテントに招かれていた。
テントといってもモンゴルのゲルのような巨大なものだ。
テントの中では火がたかれ、暖かく快適である。
これもドワーフの生活の知恵が生きているのだ。
「先生、まずはおばば様にご挨拶をしてくだせぇ。」
ヴァン殿が私をおばば様の前に座らせた。
ドワーフの長老である。
年齢は100歳をとうに過ぎて、ドワーフの中でも最長老として尊敬を集めているという。
「ほう、あんたが先生かい。ヴァンの手紙はあんたのことばかりじゃ。『素晴らしき人なり』と書いてあったぞ。ほほ。」
「いや、これは参りましたな。素晴らしいといえば、ドワーフ族の文化こそ素晴らしい。」
「分かっていただけましょうか、我らドワーフには人族とは違う文化があり申す。ほほ。」
おばば様の言葉は私の民俗学的興味をかきたてた。
異世界の中の異文化、これは非常に面白かった。
おばば様は語り、私は相槌を打った。
いい話を聞いた。
中でも、ドワーフの魔物の対する考え方は、示唆に富んでいた。
「人族は魔物を退治するだとか言って敵視しているであろう。じゃが、ドワーフは魔物もまた神々が作り出したと信じておる。神々がドワーフに対する戒めとして魔物をこの世に遣わしたのじゃとな。」
「なるほど、魔物もまたこの自然界に生きる生命であると言うことですな。」
「そうじゃよ、魔物もまたダンジョンを住みかとして地底で平和に暮らしておる。たまにドワーフを襲いよるが、我らもまた魔物を殺すこともある。お互い様じゃ。
我らが魔物を殺したときは、神々に御供えするのじゃよ。魔物を神々にお返しするのじゃ。」
「みごとな共生の文化ですな。普段の魔物は地底世界に住み、我々とは交わらないように生きている。たまに接点があって、殺し合いになることがある。それも神様の戒め、ということですな。」
「さすが先生じゃ。我らの文化を分かってくださる。ほほ。」
「おばば様の言葉を『よきこと』として人族にも伝えましょう。」
「先生、やはりあなたは素晴らしきお方よのう。ほほ。」
おばば様の笑顔は、とびきりキュートだった。
ここで、ヴァン殿が不安げな表情を浮かべて言った。
「先生、それはそれとして、このところノーザン・テリトリーでも魔物がダンジョンから出て暴れまわるような事件が続発しているようですぜ。魔族の復活と関係があるんでしょうか?」
「ああ、アーレスが幽閉されていたノックス城はイースタリアとノーザン・テリトリーの国境線近くにある。アーレスがそこで暗黒魔法の実験を行っていたとすれば、この北の地にもなんらかの影響を及ぼすかもしれん。」
そうなのだ、魔族の復活の影響はこの地にも及んでいるのだ。
だからこそ、ノーザン・テリトリーのドワーフたちと協力して魔族を討つべきなのだ。
「だが、ヴァン殿。その話は明日にしよう。今宵はドワーフ流のもてなしを楽しみたい。」
「さすが先生だ。肝が据わっておられますのう。飲んでくだされ、食うてくだされ。」
「ほほ、料理が来ましたぞ。ささ、召し上がれ、召し上げれ。」
私たちが囲炉裏を囲むと、料理を乗せた大皿が運ばれてきた。
ドワーフの文化はこうして大勢で一つの料理をシェアするのだ。
箸を使って食べるのもドワーフ流だ。
皿の上には薄くスライスされた白い料理が乗っている。
調味料につけて食べるらしい。
おお! これはフグの刺身だ。それにこの調味料はポン酢に似ている。
「美味しいなりー。」
幸村君は箸でフグの刺身をかき取るようにして口に運んだ。
「がっつくな! そんな食べ方をしたらみんなの分がなくなるじゃないか。」
「おいひーからひかたないなりー。」
口の中を一杯にしてしてしゃべるな!
次には鍋が来た。
「シシ肉の鍋ですぞ。ほほ。」
これは牡丹鍋に似ている。イノシシ肉を味噌で煮込んだものだ。
エルキス殿が舌つづみを打っている。
「イノシシの肉はわしの大好物でのう。この味付けも最高じゃ!」
「ほほ、酒じゃ、酒をお飲みなされ。」
かぁー、強烈な酒だ。アルコール度数が高い。
味は焼酎に似ている。
「ほほ。それはのう、芋から作った酒じゃ。うまかろう。」
驚いた、ドワーフにはポン酢や味噌があるのか?
それにこの焼酎だ。
まるで日本の居酒屋にいるようだ。
「おばば様、これはすごい。私たちの国の料理によく似ています。実にうまい!」
「ほほ、それはようございましたのう。このドワーフの地はな、食べ物が豊富にあるのじゃ。山には獣たちが住んでおり、我らは生きるのに必要な分だけ狩りをする。春になれば雪の下から山菜やキノコ、木々からは木の実が降るように落ちてくる。海には魚たちが陸ににじり寄るようにして押し寄せてくる。すべてが神々からの賜りものじゃ。」
「どうだね、幸村君。ドワーフの文化は」
私は気持ちよく酔っぱらって幸村君に訪ねた。
「ドワーフの社会は狩猟採取を生活の基盤としているなりね。」
「いいところに気づいたな。アマテラス王国は麦などの穀物栽培を中心とする農業社会だ。穀物は備蓄することができ、備蓄は社会に階級と貧富の差をもたらす。」
「権力を持つものと持たざる者、富める者と貧しい者ができるということなりね。」
「社会は階層を生み出し、より複雑な仕組みを必要とするようになるんだ。」
「どんな仕組みなりか?」
「例えば、従属させるための支配の仕組み、税などの収奪の仕組み、軍という暴力の仕組みだ。まだまだ複雑になる。枚挙にいとまがない。」
「ドワーフの社会では、食料も生活に必要なあらゆる富も、自然のなかから必要な分だけ取り出すだけなりね。」
「それは神々から与えられたものであって、何人の所有物ではない。」
「ドワーフの社会は差別なないフラットな社会なり。」
「それを原始的という者もあるが、私はひとつの文化の形態として尊重したいと思うぞ。」
「そうなりね。ある意味ここは楽土なり。」
「幸村君、楽土という言葉が響くな。」
私は既に酔っている。
「楽土、楽土!」
膝を叩きながら、私は何度もつぶやいた。
「おばばさま、何となくドワーフの文化が分かってきました。ここは北の地だ。王家からすると農業のできない未開の地ということになります。ところが狩猟採取でドワーフたちが生きていくためには、これほどの豊かな土地は無い。」
「そうじゃよ。ほほ。ここはドワーフの楽土じゃ。」
囲炉裏の火が燃えている。
すっかりいい気分だ。
エルキス殿は酔っぱらって寝てしまった。
幸村君も刀にもたれ掛かって、コクリコクリと舟をこいでいる。
私も横になった。
久しぶりに、今夜はいい夢が見られそうだ。
その夢が覚めた朝、ドワーフの村は魔獣の襲撃を受けることになる。




