16,王女様のノブリス・オブリージュ
王女ツキヨミ殿が、私の講義を受けたいと伝えてきた。
講義と言ってもなぁ。
「ツキヨミ様は先生の恋の虜なりよ!」
「幸村君、冗談でもこれ以上言うな。」
私は顔を赤らめたまま逃げるように会議室を出ていったツキヨミ殿のことを思い出した。
相手は13歳の超美少女だ。
どうしていいか、さっぱりわからん。
彼女いない歴…、やめよう。
だが、私は政治的に動かねばならない。
王女ツキヨミに近づくことは政治的に有益だ。
だからといって、13歳の少女を政治に巻き込むことは気が咎める。
私はツキヨミ殿が「民のため」と言ったことを思い出した。
そうだ、これをテーマに選ぼう。
どうせ講義をするなら、みんなを集めて講義をしよう。
よし、決まりだ。
私はさっそく王女ツキヨミ殿臨席の講義を企画した。
「学問なんてガラじゃねぇ。」
と、ヴァン殿は欠席だ。
「俺も勉強は苦手なんで!」
ゴドー殿も断ってきた。
結局、幸村君と三成君、ギヨーム殿の三名が受講することになった。
***
講義は王女ツキヨミの部屋で行われることなった。
さすが王女の部屋だ。立派なものだ。
女官たちがお菓子を用意して、紅茶を入れてくれた。
「わらわも、魔王殿の講義とやら、聞かせてたもれ。」
女王ヒミカ殿も参加するのか!
なるほど、御前会議は重臣たちの妨害で参加できなかったが、この講義は非公式なものだ。重臣たちも知らないのだ。
だが、女王が参加するとなれば、この講義は一挙に政治性を帯びてくる。
これが吉と出るか凶と出るか、だ。
宮廷の中で行われる講義は優雅なものだ。
しばし、お茶を飲みながらの歓談がつづく。
「では、始めようか。」
私はティーカップを置いて立ち上がった。
***
「私たちの世界にはノブリス・オブリージュという言葉があります。幸村君、意味を知ってるかね?」
「お金持ちが貧しい人にほどこしをすることなり!」
「一般的にはそう理解されているが、少し違う。ノブリス・オブリージュは『高貴なる者の義務』という意味だ。」
「高貴なる者の義務?」
ツキヨミ殿がつぶやき、言葉をついだ。
「先生、高貴なる者にはどんな義務があるのでしょうか?」
「第一の義務は戦争に参加することだ。高貴なる者はその高貴さゆえに犠牲を払わなくてはならない。国を守るために戦争に行って戦う義務がある。王女の父君ヴァルゴ王はアマテラス王家継承戦争で三人の息子を亡くされた。この国の平和のために王は犠牲を払ったのだ。」
「つまりそれは、民の安寧をはかり、弱き者を守るということでしょうか?」
「そうだ、高貴なる者は恵まれている。この部屋をみてもよく分かる。この国でこんな豪華な部屋に住んでいる13歳の少女はツキヨミ殿だけだろう。ゆえに、高貴なる者は代償を払わなければならない。」
「先生は、高貴なる者は民のために生きなければならぬとおっしゃるのですか?」
わたしは「そうだ」と言ったあと、みなに問いかけた。
「しかしだ。そもそも高貴なる者とは誰のことだろうか? 王侯、貴族、高貴なる者の代表と言っていい。あるいは富の豊かな者もそうかもしれない。魔力を自在に使える魔導士もそうかもしれない。」
これにはギヨーム殿が答えた。
「われらエルフの教えにも似たようなものがあります。」
「魔道不覚悟、大公の陣に居た時オルス卿から聞いた。」
「ご存じでしたか。魔力は神から与えられた力です。決して私利私欲のために使ってはならない。」
「魔力だけではない。例えば三成君のように頭のいい者、ヴァン殿のように力の強い者、ゴドー殿のように武芸に優れた者。すごい才能だと思うが、誰でも努力すれば三成君やヴァン殿のようになれるわけではない。生まれたときに偶然にも持っていた能力だ。」
三成君が手を挙げている。
これはディスカッション式の講義だ。意見ある者はその場で言えばいい。
「つまり、遺伝ですね。遺伝によって能力の優劣が決まってしまうのでござるか?」
「遺伝だけではない。親が金持ちだたら、その子どもも金持ちになる。親が貴族だったらその子も貴族だ。そのうえに様々な偶然や運が干渉して成功者や落伍者が生まれる。」
「遺伝や生まれ、偶然や運の善し悪しが加わって人の運命が決まるでござるな。」
「そうだ、努力は必ず報われるわけではない。多くが偶然や運の産物なんだ。誰の子に生まれつくか、どんな家に生まれるか、才能に恵まれているか、すべては偶然だ。」
「ならば、我らも高貴なる者ということになりますな。」
ギヨーム殿が静かに言った。
「まったくそうだ。この場にいる者全員は高貴なる者の義務を背負っているんだ。」
誰もが想いを馳せている。
高貴なる者の義務とは何か?
そして己は何をなすべきか?
「先生、わたくしは、何を成せばよいのでしょうか?」
ツキヨミ殿に私は答えた。
「民のためと、そう思い続けることが王女のノブリス・オブリージュです。」
これが落としどころだ。
ツキヨミ殿の心に「高貴なる者の義務」を刻み付けた。
上出来だ。
だが、ツキヨミ殿は納得していなかった。
「いえ、わたくしには民のためできることがございます。
先生の講義を聞いて、わたくしは決意しました。
わたくしはガストン・トクーガ殿に嫁ぎます!」
王女ツキヨミの目が輝いている。
その輝いた目から、大粒の涙がこぼれた。
私は目を閉じた。
王女の気高い心に感じ入った。
「ツキヨミ、許しません! 成り上がりのトクーガに嫁ぐなど王家の血をなんと心得る!」
女王ヒミカだった。
ヒミカ殿はティーカップを落として立ち上がった。
「女王殿、いまのツキヨミ殿の決意こそノブリス・オブリージュですぞ。まさに王者たるべき者の取るべき道。控えなされ!」
私はヒミカ殿を一喝した。
ヒミカ殿にも分かっているはずだ。
これが最善の方法だということを。
そして、私はヒミカ殿に穏やかな口調で言った。
「ヒミカ殿、意地を捨てなされ。
ツキヨミ殿をほめてやりなされ。
気高き血筋であればこその決意だ。
こんな立派な娘を育てたあげたあなたは偉い。」
ヒミカ殿はその場に泣き崩れた。
ツキヨミ殿が女王に寄りそって慰めている。
幸村君も、三成君も、ギヨーム殿も感動している。
だが、どうも湿っぽくなりそうだ。
私も涙をこらえている。
ここは、ヒミカ殿とツキヨミ殿だけにして、我々は部屋を出よう。
立ち去ろうとする私をツキヨミ殿が追ってきた。
「先生、わたくしはガストン殿に嫁ぎます。
その前に先生にお会いできたことを嬉しく…
とても嬉しく思っております。
先生のことは一生胸に抱いて生きて参ります。」
そして、13歳の少女は私に見事な淑女の礼をしてみせたのだ。
いかん! 涙腺決壊だ!




