10,女王謁見
女王ヒミカへの謁見の日は明後日と決まった。
謁見というのが気に入らん。
そもそも謁見とは下の者が上の者にお目にかかることだ。
「魔王と女王は同じく王だ。すなはち同格ではないかね?」
そういうと、ギヨーム殿は困った顔をした。
「そうは申されても、ヒミカ様は一国の君主にございます。」
「気に入らんな…」
そこへ幸村君が口をはさんだ。
「ヒミカ様は美人なりよ。先生の大好きな熟女で美魔女なり。きっと先生の好みなりよ。」
「ほう、そういうのは大好きなんだが、金髪をクルクル巻いたようなのは、あまり好きではない。」
「ヒミカ様は黒髪なり。アマテラス王家は黒い髪、黒い瞳の血統なり。」
「大河ドラマの女優さんみたいか?」
「淀君みたいなりよ!」
そう言って、幸村君はニマリと笑った。
「じゃ、会ってみるか。」
「お見合いじゃ無いなりよ。」
「そんなことは百も承知だ。」
この謁見は政治的な儀式だ。
ならば私も政治的に振舞わねばならないということだ。
***
謁見の儀、その日が来た。
私はいつものようにスーツにネクタイを締めた。
戦場を駆け回ったせいで、スーツのあちこちに穴が開いている。
ドワーフの傭兵隊には手先が器用な者がいて、新しいスーツを縫ってもらっているのだが間に合いそうにもない。
「先生、その恰好で謁見の儀に臨まれるのですか?」
ギヨーム殿は小姑のようにやかましい。
私にこの国の貴族の礼服を着よ、と言っているのだ。
「ピチピチのタイツみたいなズボンは嫌だ!」
「しかし、その服はもうボロボロです。」
部屋には黒いカーテンがかかっていた。
私はカーテンをはぎ取り、マントのように羽織って見せた。
「どうだ、これでスーツの穴は隠せる。黒いマントは魔王に相応しいではないか!」
「御意!」
呆れながら、ギヨーム殿は言った。
***
謁見の間である。
今回の戦いで戦功のあったものたちが女王に謁見する。
幸村君と私を先頭に、ヴァン・ダイクン殿、ゴドー・グリフィス殿である。
正面には階段があり、階段の上には玉座が備え付けられている。
その脇には、アマテラス王家に仕える重臣が居並んでいるのだが、年寄りばかりが目立つ。
ヴァルゴ王の七本槍の生き残り三名、文官・武官取り交ぜて十数名、それに女王のお気に入りらしい貴族の子弟が数名だ。
誰の目にも覇気が感じられない。
かつての栄光にすがる者や、女王に媚びへつらうものしか残っていないのだろう。
大公が「アマテラス王家にはもはや統治能力を失っている」と言ったことを思い出した。
「女王ヒミカ様、王女ツキヨミ様、お成りにございます。」
ギヨーム殿がおごそかに告げると、全員が跪いた。
幸村君も当然の事のように膝を折ったのだが、私は腕組みをして女王の着座を待った。
「先生、跪くなりよ!」
幸村君が小声で言った。
幸村君、私は戦争をしているのだよ。
政治的な戦争をね。
老ウード卿が私を見て叱責した。
「魔王殿、跪きなされ! 礼儀を知らぬか!」
ふん、こいつは無視だ!
女王ヒミカは優雅に玉座に座り、王女ツキヨミもその隣に座った。
ほう、聞きしに勝る美しさだ!
黒い髪、黒い瞳、透きとおるような肌。
若干、化粧濃いめだが、赤い口紅が色気を誘う。
「先生、顔がニヤけてるなりよ。」
「おう、すまんな。」
ここで女王が私に「跪け!」などと命令したら、私は王家を見限るつもりでいた。
どんなに美しかろうが、そんな女は願い下げだ。
だが、ヒミカはそんな女ではなかった。
さすが、一国の君主だ。
「幸村殿、魔王殿、こたびの働き、心より感謝いたします。王家に御味方してくださり、まことにかたじけのうございます。」
気品のある声だった。
私はヒミカのなかに政治力を感じた。
話せば分かるはずだ。
ならば、ここで言うべきことは言う。
「女王殿に魔王から申し上げる。」
女王様ではなく、女王殿だ。
女王と魔王は同格だということだ。
これには、その場が凍りついた。
「控えなされー!」
老ウード卿が叫んだ。
私はウード卿をにらみつけ、一喝した。
「この第六天魔王に逆らうか!」
ウード卿は沈黙した。
「女王殿、この場に臨んではっきり分かりました。もはや王家にはこの国を治める力はありません。もし、再建をお望みならば、この魔王が力をお貸ししましょう。」
「魔王殿、もはや我らに率直な物言いをするものはおりません。魔王殿はそのことを分かっていらっしゃる。ならば、わらわは、どのようにすればよいのじゃ。」
「有能な者を登用しなされ。若い力を集めなされ。民を富まし、国を強くなされ。」
「富国強兵とな…。もはや、そんなことさえ考えもしなかった。」
「この場に居並ぶ重臣の方々も、そんなことは露ほどにも考えておりません。今こそ世代交代です。」
その瞬間、重臣たちが色めき立った。
「我ら王家の功臣を、お払い箱にするつもりか!」
またウード卿だ。
だが、今度はギョーム殿が一喝した。
「お控えなされウード卿、今は女王様と魔王様が話しておられる。」
女王は考えを巡らせている。
考えれば分かることだ。
このままでは、王家は滅びる。
その滅びが、早いか遅いかだけだ。
時間の問題なのだ。
ならば、答えはひとつだ。
「魔王殿、分かりました。わらわは魔王殿を信頼いたします。この国の舵取りを魔王殿にゆだねます。魔王殿、この国の宰相になってくださらぬか?」
どよめきが上がった。
そりゃそうだ、どこの馬の骨とも分からん魔王ごときを、女王は国の宰相に選んだのだ。
「ちょい待った、女王殿。おふざけが過ぎますぞ。私がこの国を仕切れば反発する者も少なからず。宰相にはギヨーム・エクストン卿が相応しい。どうです、ギヨーム殿。」
ギヨーム殿、決断のしどころだぞ。
「女王様の仰せのままに…」
ギヨーム・エクストン卿はうやうやしく頭を垂れ、女王は口元に微笑みをたたえた。
重臣たちがどよめいた。
「エクストン卿が宰相に」
「異例のことだ」
幸村君が笑っている。
どうだ、見たか!
これが政治だ。
では、フィニッシュといこう。
「女王殿、いや、ヒミカ様、数々の非礼をお許しください。
女王と魔王は同じく王でございます。
この第六天魔王、女王には平伏いたしません。
しかしだ、あなたの美しさには跪きましょう。」
私は女王の美しさを称え、その場にうやうやしく片膝をついたのである。
これには衆目があっけにとられた。
女王もご満悦だ。
ヴァン殿が笑いをこらえている。
ゴドー殿は「はぁー」と変な声をもらした。
幸村君はピース・サインを送ってきた。
どうだ、これが政治的な奇襲だ!
だが、私はもうひとつの黒い瞳が気にかかった。
王女ツキヨミ、十三歳の少女である。
彼女は終始無言なのだが、じっと私を見つめていたのだ。
その瞳は何かを決意したかのようで、私は畏れを抱いた。
高貴な、そして高貴なるが故の運命を知る瞳のように思えた。
***
「わっはっはっは! 先生、肝をつぶしましたぞ。」
謁見が終わって、ヴァン殿が私に言った。
「私は宰相にされてしまいました。」
ギヨーム殿だ。
「これで仕事がしやすくなったのだから、大目にみてくれ。政治的主導権を握ったのだよ。」
この国の改革を始めなければならない。
王家の重臣たちには任せておけない。
まずは有能な者の登用だ。
大公の調略によって、王家からは人心が離れた。
これを取り戻すことは至難の業だ。
だから、新しい人材を集めなければならない。
そういう私に幸村君は不敵な笑みを浮かべた。
「人材なら、心当たりがあるなり!」
「心当たり?」
幸村君は大きくうなずいて、言った。
「戦国武将を召喚するなり!」




