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旅する台所 ~キッチンカーで日本を巡るご当地グルメ旅~  作者: ユタ


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第3話② しらす丼 ― 二段の設計図

台所号の中は、朝の光で白くなる。

狭いのに、手順が決まると広く感じる。


寧々は箱を開け、しらすを一度だけ確認して、すぐに閉めた。

長く見ない。必要なぶんだけ使う顔だ。


「二段って、なんだよ」


俺が聞く。


寧々は答えない。

代わりに玉ねぎを出す。淡路の、丸い玉ねぎ。


縦に半分。芯を残す。

刃を寝かせて、薄く、薄く引く。


シャ、シャ、と乾いた音。


重なった玉ねぎはほとんど透明で、光を通す。

水にはさらさない。

氷水に一瞬だけ通して、すぐ上げる。

キッチンペーパーで静かに水気を押さえる。


押さえたぶんだけ、甘みが残る。


「玉ねぎ、入れるのか」


「淡路」


「量、増やすため?」


包丁が止まる。


寧々は俺を見る。


「違う。芯」


炊飯器の表示が変わる。

蓋の隙間から、白い湯気が細く漏れはじめる。

米の甘い匂いが、台所号の中に広がった。


蓋を開ける。

湯気がどっと上がる。

米は一粒ずつ立っていて、表面が薄く光っている。


寧々は卵を割り、黄身だけを小さな器に落とす。

ぷるん、と揺れて、丸いまま静かに座った。

黄色が濃い。朝の光の中で、橙に近い色に見える。


「最初は、生のまま出す」


丼に炊きたての米をよそう。

湯気が顔に当たる。


その上に、生しらすを静かに広げる。

白い米の上に、透ける銀が散る。

氷で冷えたままのしらすが、熱い米に触れて、端から少しだけ白くなる。


中心に、黄身を落とす。

橙の丸が、銀の海にゆっくり沈んで、止まった。


「……それ、普通のしらす丼じゃない?」


「半分食べたら」


「うん」


「呼んでもらう」


寧々は小鍋に水を張って火を入れる。

沸いたところへ、釜揚げ用のしらすをひとつかみ。


湯気が立つ。

しらすが湯の中でふわっと白くなる。生より柔らかい白。


「後から、釜揚げ、のせる」


その瞬間、絵ができる。


最初は冷たい海。

途中で、湯気が立つ。


「……一杯で、二回か」


「最初は海。あとから湯気」


それが、二段。


寧々はもう一つ、小さな椀を出した。


「これ、味も見る」


炊きたての米を、ほんのひと口分よそう。

湯気が指先をくすぐる。


生しらすを、息を止めるみたいに薄く広げる。

透ける銀が、白い米の上で光の粒みたいに散らばる。


真ん中に、黄身。

落とした瞬間、ぷるん、と揺れて、静かに座る。


「最初はここまで」


箸を俺に渡す。

寧々ももう一本取る。


「半分」


二人で同時にひと口。


「うまっ」


俺が言うより先に、寧々の喉が小さく鳴った。

「……うん」


冷たいしらすが、先にほどける。

歯を立てる前に、舌の上でするっと崩れる。

そこへ黄身がとろりと絡んで、冷たさの輪郭が丸くなる。

塩気より先に、甘みが遅れてくる。

朝の海みたいな、薄くて白い甘み。


寧々は一瞬だけ止まる。

目線が、椀の中に落ちたまま。


「……軽い」


小鍋から、釜揚げをひとさじ。

湯気が立つ。

白の上に、温かいものが落ちる。


口に入れた瞬間、温度が違う。

さっきまで冷たかった舌の上が、ふっと温まる。

黄身が熱でゆるく溶けて、さっきより濃くなる。

しらすの甘みが、今度は奥から来る。


「変わったでしょ?」


俺は頷く。言葉より先に、喉がもう一口を欲しがっている。


最後に、玉ねぎをひとつまみ。


薄い白が、ふわっと乗る。

シャキ、と小さな音。


玉ねぎの甘みが立ち上がる。

黄身のとろみを一回締めて、しらすの輪郭をもう一度立てる。

さっきまでふわっとしていた口の中に、かちっと芯ができる感じ。


今度は寧々が先に食べる。


舌の上で転がして、ゆっくり飲み込む。

飲み込んだあとも、玉ねぎの甘みだけが、薄く残る。


「……芯、できた」


俺も食べる。


「二回目のほうが好きかも」


寧々は首を振る。


「一回目があるから」


それで、全部決まった。


「いける」


俺は黒板に書く。


——二段しらす丼(冷→温)

——最初は生しらす+卵黄

——半分で声かけてください(釜揚げ、のせます)

——最後に、追い玉ねぎ


書いてから、少し迷っていると寧々が言う。


「言いすぎると、味が薄まる」


俺はチョークで線を引き、上から消す。


残ったのは——


——二段しらす丼

——半分で、声かけてください(釜揚げ、のせます)


それでいい。


外で足音が止まる。


「開いとる?」


俺は深呼吸する。


寧々はもう、次の丼のために手を動かしている。



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