第3話① しらす丼 ― 夜明けの白
昨日の終わりに決めた。次は、海の朝だ。
橋を渡るころ、空はまだ薄かった。
黒でも青でもない、白に近い色。冷たい風が頬を撫でる。
助手席の寧々は、窓の外を見ている。
朝は喋らない。言葉を起こしていない感じがする。
港は静かだった。
氷の匂いが、潮より先に鼻に来る。
魚屋の店先に、発泡スチロールの箱が並んでいる。
俺たちは軽く頭を下げて、箱の前に立った。
「今日はね、ほんま少ないんよ」
おばちゃんが言う。明るい声だけど、どこか硬い。
「漁がな。便も遅れてて」
寧々が身を屈める。
箱の蓋を開けた瞬間、冷たい空気が顔に当たった。
氷の下に、しらすが薄く広がっている。
朝の光が斜めに入って、白というより、ほとんど透明に見える。
寧々が一本つまんで持ち上げると、細い銀が一瞬だけ走って、また消えた。
——箱の底が、思ったより早く見える。
寧々が一度だけ頷く。
それで十分だった。
「これ、ください」
俺が言うと、おばちゃんは手早く氷を足して蓋を閉めた。
「朝だけなら、いけると思う。昼までは……まあ、風次第やな」
寧々は「うん」とだけ返す。
俺は受け取った箱の軽さで、今日を理解した。
車に戻る途中、俺は言う。
「足りるかな」
寧々は歩きながら答える。
「足りない」
即答だ。
「……じゃあ、どうする」
少しだけ間があって。
「上げる」
「何を?」
寧々は肩をわずかにすくめる。
「満足のほう」
それだけ言って、また前を向く。
「黄身、二段でいく」
二段。
意味はまだ見えない。
でも、寧々の中ではもう完成している声だった。
俺の頭の中は、まだ一段のままだった。




