第1話③ すじコン炊き込み ― ビールは、まだ
「食べる?」
俺が聞くと、寧々は小さく頷いた。
残していた分の米を容器に入れる。具を乗せる。煮汁を少し。
煮汁は、混ぜすぎない。米が全部それになると、重たくなる。
最後に"追いがけ"で、熱い米の上に垂らすだけ。
煮汁が落ちた瞬間、甘辛の匂いがふわっと立つ。寧々はそういうところが、妙に正確だ。
外に出したやつと、同じ匂い、同じ湯気。
俺は先に一口食べた。
箸でひと口。米粒が、すじ肉の色を薄く纏ってる。
噛んだ瞬間、甘辛の味が先に来て——遅れて、脂の甘さが広がる。
ジューシーとは違う。静かに、じわっと出てくる感じ。
こんにゃくのコリッが間に入って、噛むリズムが変わる。
牛すじは舌で潰れるくらい柔らかいのに、噛み切ったとき、芯からほんの少し肉の匂いが出てくる。
「あー……」
思わず声が漏れる。
寧々は黙って食べる。目は下。箸は迷いなく動く。
「……うん、これ」
今日、何回目だろう。
その短文が聞けるだけで、俺は十分だ。
「初日、どうだった?」
俺が聞くと、寧々は少しだけ考える顔をした。言葉を選ぶときの顔。
「……人、ちょうどよかった」
「それ、褒めてる?」
「褒めてる。多すぎると、しんどい」
「そうだな」
俺はうなずいた。寧々はそこで話を切る。深くは言わない。——利益だとか出世だとか、そういう人間関係の話は、ここに持ち込まない。持ち込んだら、せっかくの湯気が冷える。
だから、俺は別の話にする。
「次、どこ行く?」
寧々は少しだけ目を上げた。いつもの"欲望"が出る合図だ。
「……ビール飲みたい」
出た。
「出たな」
「今日のやつ、ビールいる」
「確かに。すじコン、ビールやな」
寧々は、最後の一口をゆっくり噛んでから、ぽつりと言った。
「……でも今日は、やめとく」
「え、珍し。なんで」
「今日は米に寄せたでしょ。これで飲み始めたら、もう止まらん」
「なるほどな……」
寧々は箸を置かずに続ける。
「すじコンが負けるんじゃない。今日は"ごはんの味方"にしてるだけ」
「じゃあ、ビールは?」
「ビールは……ビールが主役になるやつと飲みたい。香りが立って、パンチのあるやつ」
俺はそこでようやく察した。
「あー。次の一皿、そっちに振る気か」
寧々は頷くだけで、もう答えは終わり。
俺はスマホを取り出して、投稿画面を開いた。
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【PHOTO】すじコン炊き込み
湯気と甘辛で、米がすすむやつ。
本日、完売。
——次は"ビールが主役"の一皿にするらしい。
#旅する台所号 #今日の一皿 #ビール案件
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