7 従者の日々
夜会から1ヶ月、俺はグレーテルお嬢様と共に近隣の領を周っている。
あれから俺への出演依頼が多数届き、依頼のあった貴族を訪ねながら俺はスプーン曲げを見せ、グレーテルお嬢様は外交を行う日々が続いている。
その外交も一味違う。
俺たちがアルトナー伯爵領で実際に行っている活動と同じようなことをしている。特に領主に反抗的な村や集落を巡り、俺のスプーン曲げと綿あめ、それにハヤシライスなどの炊き出しで住民を懐柔する。
いくら反抗的とはいえ、領主や領主のご子息が訪れ、料理を振る舞い、芸を見せてくれるのだから悪い気はしない。中には感謝して涙を流す者もいる。領主側に思惑はあるものの、基本的には良い行為だからな。
ローリング子爵領を訪れた時、獣人の村や集落を中心に周った。
シェーンブルグ王国は獣人や亜人に対する差別は禁止しているものの、世界全体として見れば、人間は獣人や亜人を蔑むことが多い。だから、同じ領に住んでいても獣人たちは孤立して生活しているのが現状だ。
ローリング子爵としては、獣人の村で栽培される貴重な薬草を取引きしたいとの思惑があり、その交渉の一環として、俺たちを呼んだというわけだ。
まあ、俺に難しい政治の話は分からない。
正直に言えば、分からないことはない。でも敢えて、首を突っ込みたくはない。そんなことは、サラリーマン時代に嫌というほど経験したからな。
結局、俺たちの活動は順調に進み、カッテ男爵家、フンデル子爵家、ローリング子爵家の三家を含めた多くの領で、経済封鎖を解除してくれた。これでアルトナー伯爵領の当面の危機は去ったのだった。
★★★
無事にアルトナー伯爵領に帰還したのだが、グレーテルお嬢様が追加で報酬を渡したいと言ってきた。もう十分な給料は貰っている旨を伝えてもグレーテルお嬢様は引き下がらなかった。アルフさんに聞くと、貴族とはそういうものだから、有難く頂戴するように言われた。
「分かりました。それでは遠慮なくいただきます」
「ところで、何が欲しいのじゃ?」
少し考えた。
当面の危機は去ったとしても、すぐに財政状況は良くならないので、金銭的な報酬を貰うのは気が引ける。それで俺は提案した。
「俺に訓練をつけてください」
どうしてそうしたかというと、あの馬鹿女神が急に戦えとか言ってくるかもしれないし、自分の身は自分で守りたいからだ。それにアンヌさんを筆頭にした護衛たちはかなりの手練れだ。素人の俺が見ても分かる。
だったら、彼らに教えてもらえれば、「大いなる悪」に勝てないかもしれないけど、それなりに戦えるようにはなると思ったからだ。
「そんなことでいいのか?ケイスケは相変わらず、変わった考えをしておるのう」
次の日から早速、訓練が始まる。
なんとアンヌさん直々に訓練を指導してくれることになった。
「ケイスケ殿!!貴殿は従者の鑑だ。私が全身全霊を持って指導するぞ」
俺の申し出は、グレーテルお嬢様大好き人間のアンヌさんにクリーンヒットしたらしい。俺以上に張り切っている。
そこまで、ガッツリ指導してくれなくても・・・
俺の不安も気にせず、訓練が始まる。
「まずはウォーミングアップからだ。腕立て100回、腹筋100回、スクワット100回、その後は10キロのランニングだ。私について来い!!」
おい!!ちょっと待てよ。
学生時代はそれなり運動はしていたけど、就職してからは碌に運動していないんだぞ。腕立てや腹筋なんて多分10回が限度だぞ!!
もう少し初心者に優しいメニューにしてくれ・・・
ただ、そんなことを言える雰囲気ではなく、アンヌさんに従う。
でも、予想外のことが起きた。
あれ?腹筋も腕立ても結構余裕だ。
少し考えてみる。
こちらの世界にやって来てから、碌にトレーニングしていないのに体力はかなり向上している。やった事といえば、スプーン曲げくらいだけど・・・
そうか!!
スキルを使えば使うほど、レベルアップをすると馬鹿女神が言っていたから、スキルのレベルアップに伴って、体力も向上したんだろう。
そうこうしているうちに、ウォーミングアップのメニューをこなすことができた。
「ケイスケ殿は見込みがある。新兵の中には、これだけで逃げ出す者もいるからな。今後はもっと厳しく指導するぞ。そしてグレーテルお嬢様を一緒に守っていこう」
「は、はい・・・もちろんです」
その後、木剣を使って素振りをしたり、模擬戦をさせられた。
流石に模擬戦では、アンヌさんに刃が立たなかったけど。
「ケイスケ殿、流石に剣技はすぐに身に付かん。地道な鍛錬あるのみだ」
まあ、そうだろうな。
小説なんかだと、ここで物凄いチート能力が身に付いたりするんだけど、そうはいかないようだった。
気長に地道にか・・・サラリーマン時代と変わらないな。
★★★
そんな感じで、俺の従者としての日々は続いていく。
文官の仕事の合間にアンヌさんに訓練をつけてもらう。3ヶ月近く訓練をしたけど、俺に剣の才能はあまりなかった。アンヌさんが言うには「後10年修行すれば、それなりの剣士にはなれる」とは言われたが、流石に10年も修行はできない。それに10年頑張っても並みの剣士にしかなれないと思うと、少し辛くなる。
なので、スキルを有効活用することにした。
スプーンなので、攻撃には向かないが、すくう部分を最大限大きくして、楯として活用すれば、それなりに戦えた。
「もし襲撃が遭った場合は攻撃を考えず、グレーテルお嬢様の側で楯を構えていろ。それだけで、こちらは助かる。貴殿は剣士としてはまだまだだが、楯使いとしては一級品だ。何たって楯の強度が凄いからな」
案に攻撃は期待していないと言われているのだが、それでも護衛として使えると言われたことは嬉しかった。
まあ本業はスプーンおじさんだけどな。
肝心の本業のほうはというと、またまた出演依頼が増えた。
俺がやったスプーン曲げと綿あめのセット版売に目を付けた多くの商会が、客寄せとして俺に出演依頼をしてきたのだ。
領内各地を商会の関係者と周る。辛い事と言えば、俺はグレーテルお嬢様の評判と出演依頼をしてくれた商会の評判も背負っているので、住民から理不尽な要求をされても、下手なことはできない。
少し芸能人の気持ちが分かった気がした。
有名になった俺は、今日も町を歩くと子供たちに声を掛けられる。
「スプーンおじさん!!スプーン曲げて!!」
心の中では、「うるせえ!!クソガキ」と思いながらも、俺は笑顔でスプーンを曲げるのであった。
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