行きたい理由
ソルは、しばらく黙っていた。
店の奥で、透明な石の秒針だけが、カチッカチッと静かに音を刻んでいる。
私は、なんとなく落ち着かなくなって、さっき作った薬袋を指ではじいた。
「……ババニに教えてもらったんです」
ぽつりと、ソルが言う。
「『地の断片』には遠環が必要だって、そういわれたんです」
私は少し考える。
「うーん……。まず、どうして、遠環にいきたいのか、質問していい?」
「理由……」
ソルは私を見た。
「うん。遠環に行きたいんだろうなぁってのは、私には伝わったよ」
カウンターに並んでいる小瓶を、種類ごとに並び替えながら、話を続ける。
「でも、遠環に行きたい理由がわからないかも」
「理由かぁ……」
先ほどの瞳の輝きはどこへやら、黒いまつ毛が青い瞳に影を作る。
「その前に、前提から話そうかな。遠環へ行くために、僕は星路院に潜り込んだ」
「えっあなた、星路院の遠環観測員なの?」
私は、ソルの服装をまじまじと見る。
私だって、星路院を知らないわけじゃない。
この町にも、ときどき遠環観測員は来る。
でも、みんな白い制服の見習いばかりだった。
ソルは紺色の制服だし。なにより胸元には銀糸の星が縫い込まれている。見習いじゃない。正式な遠環観測員だと思う。
見たことないけど。
私が、びっくりした顔で、頭から足のつま先まで、ソルを眺めていると、ソルはちょっと困った顔をした。
「勘違いしてる」
ソルは小さなため息をついた。
「僕は潜り込んだって言ったでしょ。この制服は、もともと兄のなんだ」
「えっどういうこと?遠環観測員だったのは、お兄さんってこと?」
頭が追い付かない私に
「正解」
ソルはこともなげに言う。
「ってことは、ソルは……」
その時、ガランとドアベルの音がして扉が開いた。鼻筋が通った顔に、そばかすがアクセントになっている。三軒隣りに住む三つ子のお母さんのミリリさんだ。
「あら、お客さんかしら」
私は、ソルはお客さんなのかな、と一瞬悩む。
そんな私をよそに、ソルはミリリさんに、軽く会釈をした。
「お構いなく。僕の注文は済みましたから」
なんですって?!終わった?!なにが?!えっ『地の断片』?!オッケーしてないんですけど!!と、叫びたかったけど、ミリリさんの手前、大声も出せず、ひきつった顔で、
「いらっしゃいませ」
と、答えるしかなかった。
ミリリさんは、ひとしきり店内を見渡すと、ちょっと困った顔をしてエレナを見た。
「エレナちゃん。ババニさんに、『ねむねむの瓶』を、作ってもらっていたのだけど……」
「『ねむねむの瓶』ですね。はい、私が作ったので良ければ、ありますよ」
私の言葉に、ミリリさんはちょっと動きが止まったが、
「お願いするわ」
といった。ミリリさん。小さいため息ばれてますよ。
薬棚から、『夕暮れ』と『お日様の香り』を取り出す。
「小瓶はありますか?」と、ミリリさんに尋ねると、慌てたようにハンドバッグから、ミルク色の瓶を取り出した。
私はそれを受け取ると、『夕暮れ』と『お日様の香り』を入れて、くるくる混ぜる。ミリリさんは気が付かなかったようだけど、『ねむねむの薬』は、以前から私が作っていた。
ババニは、出来上がった瓶をミミリさんに渡しながら、「うんうん、これで、ぐっすりだ。赤んぼってのは、お日様のぽかぽかに弱いからね。おっと、大人も弱いから、蓋を開けるのはちょっとだけだよ」と、説明していただけ。
信用の差って、えげつない。ババニ、私には大きすぎるよ。
私は瓶に栓をする前に、ちょっと思い直して、『夜明け前の毛布』をちょっぴりと足す。まだ、朝方は寒いから。
「できました。ババニが言ってた通り、蓋は少しで」
精一杯の笑顔で渡す。
「ありがとう。本当にこれがないと、うちの子、上手に寝れないのよ」
大事そうに、バッグにしまうのを見て、顔がにやける。
「ババニさんのように効いてくれたら、うれしいわ」
うん、一言多いかな。
ミリリさんが帰って、私が薬瓶を片付ける間、ソルは店の隅にある椅子に、いつの間にか腰を下ろしていた。
「私に、何を注文したんだって?」
私は薬瓶から目を離さずに、質問する。
「伝えたけど」
ソルは答えた。
「はぁー」と、私は大げさなため息をついた。
「作る作らないかは別として、まず、ソル。私の質問に全部答えてもらうからね」




