第5話:牙を隠す使者
「南部家当主、信直公の名代として参った。九戸殿、近頃の領内における不穏な動きについて説明願おうか」
広間に通されたのは、三十代前半と思しき痩せぎすの男。
南部家の家老の一人、北信愛の息子である直継だ。
冷徹そうな眼光で、俺の顔色を伺っている。
背後には十名ほどの護衛を従えているが、その手はいつでも柄にかかるような構えだ。
「不穏な動きとは穏やかでないな。俺はただ、領民がこの冬を越せるよう工夫を凝らしているに過ぎん」
俺はあぐらをかき、泰然と構えた。
心の中では冷や汗をかいているが、九戸政実という強面の武将を演じきる。
「工夫、ねえ。領内至る所で山菜の加工所が作られ、何やら怪しげなソリが走り回っていると聞いた。さらには兵たちに奇妙な携帯食を配り、冬の訓練を強行しているとか」
直継は鼻で笑った。
「まさか、上洛の機を逃さず、独立を画策しているわけではあるまいな?」
心臓が跳ねる。だが、ここで怯めばその瞬間に首が飛ぶ。
俺はあえて大声で笑ってみせた。
「ははは! 独立? そんな面倒なこと、誰がするか」
俺は立ち上がり、直継の正面までゆっくりと歩み寄る。
護衛が鋭い殺気を放つが、無視だ。
「直継、お前、北の冬の恐ろしさを忘れたわけではあるまい。飢えで領民が死に、兵が武器も持てずに凍え死ぬ。そんな情けない軍勢で、南部家を守れると思っているのか? 俺がやっているのは『南部家を強くするための、冬のサバイバル訓練』だ」
言葉に力を込める。
「俺たちが強くなれば、結果として南部家の北の守りは盤石になる。俺は南部のために、誰よりも早くこの過酷な寒さを克服しようとしているだけだ。文句があるなら、俺よりも先に冬を越せる食料をこの城に運んでこい」
直継は一瞬、言葉を失った様子だった。
理屈は通っている。
独立を企むにしては、農業や保存食という地味な動きすぎるのだ。
「……それが本心か」
「俺は嘘はつかん。食えよ」
俺は懐から、先ほど作った『九戸兵糧丸』を取り出し、直継の前に放り投げた。
「試食してみろ。これで死ぬほど腹が膨れるぞ」
直継は怪訝な顔をしながらも、一つ口に放り込む。
数秒後、彼の表情が驚愕に変わるのが分かった。
「……これは……」
「北国で生き残るための、俺の知恵だ。これを南部家の全兵に普及させれば、秀吉の軍勢がこの地に足を踏み入れたとしても、俺たちは冬を味方につけて戦える」
直継を説得できるか。
少なくとも、今は「敵ではない」と思わせ、時間稼ぎをするしかない。
直継は喉を鳴らして兵糧丸を飲み込むと、鋭い眼差しを俺に戻した。
「……面白い。その『知恵』、当主様にも伝えておこう。だが、政実殿。もし少しでも謀反の兆しがあれば、その時は……」
「その時は、俺の首を持っていくがいい」
俺は笑みを絶やさず、直継を見送った。
背中越しに冷や汗が流れる。
危なかった。
だが、これで南部家という巨大な壁を、すぐさま敵に回す事態は避けた。
「……さて。急いで軍事訓練の質を上げねばならん。次は、兵たちに『鉄砲』の扱いを教え込むとしようか」
俺は部屋に残された資料を手に取り、独りごちた。
天下が俺に牙を剥く日までに、この凍える北の地を、鉄の要塞に変えてみせる。




