第42話:白き奈落への道行き
太閤秀吉の軍勢は、奥州の凍てつく雪原へとその歩みを進めていた。
京より北へ向かうほどに、空は鉛色に淀み、吹き荒ぶ風は面を刺す刃のごとき冷たさであった。
供の者らの顔色も冴えない。
かつての名軍も、今は雪に足を取られ、飢えと寒さに牙を剥かれていた。
「……殿下、これ以上はお控えなされませ」
傍らに仕えし近習が、凍えた手で諫言を致す。
「九戸の城へ近づけば近づくほど、周囲の気配……尋常ではございませぬ。あれは、ただの風の音ではあるまい。亡霊のうめき声に聞こえてならないのです」
秀吉は黄金の鎧をまとい、白き荒野を見据えていた。
その瞳は、もはや天下人のそれではなく、飢えた獣のようにぎらりと光っていた。
「騒ぐな。……聞こえるか? あやつが呼んでおるわ。あの北の果て、死の国より……わしを呼んでいる」
秀吉の言葉に、周囲の者らは身震いした。
殿下は、九戸政実という男を討ち取るつもりではあるまい。あの男に、自らを殺させるために足を運んでいるのだ。
その時、前方の吹雪の中から、数騎の影が現れた。
九戸の斥候か、あるいは北の地が産み落とした妖か。影は声もなく、ただ秀吉の軍勢を遠巻きに眺めていた。
「殿下、敵影でございます!」
鉄砲隊が銃を構えるが、雪があまりに強く、火縄に火が灯らない。秀吉は構わず、馬の腹を蹴った。
「者ども、構うな! わしは、九戸へ行く! あやつの首を、わしの手で……いや、あやつにわしの首を差し出すために!」
秀吉の狂気じみた叫びが、北風にかき消された。
道すがら、雪の中に力尽きて倒れる兵も一人、また一人と増えていく。
彼らは戦死したのではない。
この行軍そのものが、九戸政実という存在に対する「いけにえ」と化していたのだ。
京の都で噂された「雪に消える猿」の狂歌が、まさに今、この白き奈落の中で具現化していた。
天下人・豊臣秀吉の軍勢は、雪の深淵へと吸い込まれるように、音もなく消えていく。
残されたのは、ただ果てしなく続く白い地平と、秀吉を待つ九戸政実の冷笑のみであった。




