第40話:落書きの予言
秀吉が去って三日後の朝、京の民は聚楽第の正門前にある光景を見て息を呑んだ。
立派な木の看板が立てかけられ、そこには墨で走り書きされた、品のない、しかしあまりに鋭い「狂歌」が記されていたからだ。
「北の果て 猿は追われて 雪に消え 京に残せし 狸の宴」
墨痕鮮やかなその文字は、誰が書いたのかも分からない。
しかし、その言葉の意味するところは、この街に住む誰もが肌で感じていた真実そのものだった。
早朝から看板の前には人だかりができ、警備の武士たちが慌ててそれを剥がそうとしたが、既に多くの者の目に焼き付いていた。
「……猿は、太閤様のことだな」
「雪に消えるというのは、あの九戸で死ぬということか」
「では、残された『狸』とは……」
人々は視線を交わし、黙って徳川屋敷の方角へ顔を向けた。
この狂歌は、単なる悪戯ではなかった。
豊臣という巨大な権威が急速に「過去のもの」になりつつあるという、京の人々の冷ややかな現実認識を映し出す鏡のようなものだった。
その頃、謹慎中の石田三成の屋敷にも、この狂歌の噂は届いていた。
門番から聞いた三成は、床に座り込んだまま、ただ力なく笑うしかなかった。
「……雪に消える、か。あの方には、あまりに痛烈すぎる言葉だ」
大谷吉継が、三成の横で静かに溜息をつく。
「皮肉なものだな。殿下が命を賭して『天下の正当性』を証明しに行っている間に、京では殿下を『猿』と呼び、家康殿を『狸』と揶揄する歌が流行る。……もはや殿下の威光は、ここにはないということだ」
この看板は、すぐに他の場所にも次々と現れた。
三条大橋、伏見の街道沿い、果ては京と大坂を結ぶ要所にも。
書かれる歌の内容は少しずつ違ったが、どれも秀吉の「敗走」と、徳川の「台頭」を暗に示唆していた。
「誰がやっている?」
徳川家康の屋敷で、本多忠勝が憤慨する。
「殿、これを放置すれば、我らが豊臣家に取って代わろうとしているという風評が広まります!」
しかし、家康は静かに茶をすすり、窓の外の空を見つめたまま答えた。
「……放っておけ。民というのは、勝者の香りを嗅ぎ分ける動物だ。わしが何もしなくても、この看板が天下の風向きを語ってくれる。秀吉殿が北で雪に飲まれれば、この歌は歴史の真実となり、わしが何もしなくとも、天下は向こうから転がり込んでくる」
家康の目は笑っていなかった。
狂歌という名の毒が、京の町全体を蝕んでいく。
秀吉を愛した者も、恐れた者も、等しくこの皮肉な歌を口ずさむことで、自らの中に「秀吉なき後の世界」を肯定し始めていた。
北へ向かう秀吉の耳には届かないその歌は、今や京の町中を静かに、しかし確実に「豊臣時代の終焉」へと塗り替えていた。




