第33話:聚楽第の冷え切った玉座
三成たちが独断で北へ向かったという報告は、京に留まっていた秀吉の耳に、わずか数日で届いた。
密偵からの知らせに、秀吉は沈黙した。
聚楽第の黄金の間で、彼は一人、無数の花が描かれた屏風を眺めていた。
その表情には、激昂も、驚きもなかった。ただ、底なしの虚無があった。
「……裏切り、か」
秀吉の呟きが、広い室内に不気味に響いた。
彼らが何のために動いたのか、秀吉には痛いほど分かっていた。
彼らは自分を「守ろう」としたのだ。
だが、その守りは、秀吉にとっては何よりも屈辱的な「侮辱」だった。
「わしを、天下人としてではなく、救うべき哀れな病人として見たわけだな……」
数日後、九戸から戻った三成たちは、聚楽第の一室に召喚された。
石田三成、大谷吉継、小西行長、そして黒田如水。
四人の重臣たちが頭を垂れて並んでいる。
彼らの顔には、死を覚悟した清々しささえあった。
「……三成。お前たちが、わしの命を無視して独断で兵を動かしたそうだな」
秀吉は彼らの前を、ゆっくりと歩いた。
その足音だけが、部屋を支配している。
「あやつを討つためでもなく、あやつを逃がすための茶番……。よくもまあ、わしの知らないところで、そんな拙い芝居を打てたものだ」
「殿下、すべては、殿下の名誉を傷つけぬため……」
三成が言い訳をしようとした瞬間、秀吉の掌が空を切り、三成の頬を激しく打ち据えた。
三成は音を立てて床に倒れ込む。
「名誉だと? わしを無力な子供扱いし、背後でコソコソと糸を引くことが名誉か!」
秀吉の瞳から、人間としての情愛が完全に消え失せた。
「……お前たちは、しばらく静かにしておれ。二度とわしの耳に『九戸』の二文字を入れるな。その醜い面を見たくもない」
秀吉は玉座にどっかと座り込むと、冷徹に言い放った。
「石田三成、大谷吉継、小西行長、黒田如水。お前ら四人は、明日より謹慎処分とする。屋敷から一歩も出ることは許さぬ。食糧の差し入れも制限しろ。わしの許可が下りるまで、誰とも会うことも許さん」
「秀吉様……!」
如水が顔を上げたが、秀吉はそれを見ようともせず、手で追い払うような仕草をした。
「出ていけ。これ以上、わしの天下を汚すな」
力なく退室する四人の背中を見送りながら、秀吉は一人、再び屏風を見つめた。
家臣たちが去った後、部屋には重苦しい静寂だけが残る。
彼は、ようやくこれで「誰にも邪魔されずに」九戸へ行けると考えた。
「ようやく……ようやく、わしとあやつの二人きりになれるな」
それは主君としての決断ではない。
自らの手で、自分の築いた世界をすべて焼き払うための、終わりの始まりだった。
京の聚楽第から、かつての知恵者たちが消え、残ったのは、ただ一点を見つめて微笑む、孤独な暴君の姿だけだった。




