第32話:北の鬼への「最後通牒」
石田三成が率いる精鋭部隊は、秀吉が公式な出陣の準備に追われる隙を突き、極秘裏に京を脱出した。
大谷吉継、小西行長、そして黒田如水の知略を総動員し、豊臣政権の屋台骨を揺るがさぬよう、表向きは「視察」という名目で、北の果て・九戸城を目指す。
彼らの目的はただ一つ。秀吉が到着する前に、九戸政実を排除、あるいは「何らかの形」で無力化し、狂乱の主君に平和な戦後を差し出すことだった。
三成は馬上で、凍てつく風に頬を打たれながら考えを巡らせていた。
「武力で勝てぬなら、策で屈服させる……。いや、あのような化け物には、策も通用せぬかもしれぬ」
その頃、九戸城。
俺は城壁の上から、南の街道に新たな軍勢の旗印が現れたことを知った。
今度は、これまでの無能な軍勢とは違う、重厚な気配を纏った軍勢だ。
「……三成か。ついに『知恵者』が直接ご足労というわけか」
俺は実平を呼び、指示を飛ばした。
「これまでのような威嚇射撃は不要だ。……奴らは『解決』しに来ている。対話の余地があるなら、それも悪くない」
数日後、九戸城の城門前で、三成と俺は対峙した。
三成は、鎧の上に質素な陣羽織を纏い、武装した家臣を背後に控えていたが、その表情には怒りも傲慢さもなかった。ただ、深い憂いがあった。
「九戸政実殿。石田三成と申す」
「知っている。天下人の筆頭家老が、なぜこんな泥と雪に塗れた最果てに?」
俺が皮肉交じりに笑うと、三成は静かに頭を下げた。
それは、敵将に対するものではなく、一人の男として、一人の男に対する懇願の姿勢だった。
「殿下を、この地へ近づけさせないために参った。……政実殿、貴殿が何を望んでいるのかは知らぬ。だが、これ以上、あの御方を狂わせないでいただきたい」
俺は驚きを隠せなかった。
秀吉の家臣団が、主君の意に背いてまで「暴走を止める」という選択をしたのか。
「面白い。……では、どうする? 俺に首を差し出せと言うのか?」
「いいえ。我らが貴殿の『敗北』を演出する。これ以上の流血は避けたい。貴殿には、この地で『討ち死にした』という記録を残し、どこかへ姿を消していただきたい。殿下には、私が完璧な『九戸の首』を用意する」
三成の目は真剣だった。
彼は、自身の名誉も、豊臣家への忠誠も、すべてを投げ打って「秀吉を守る」という一点だけに懸けていた。
俺は三成を見つめ、そして遠くの雪山を見上げた。
この男の献身は、美しい。
だが、歴史というものは、そんなに綺麗に整うものだろうか。
「石田殿、貴様の差し出した『解決』は、一見すると平和だ。だがな……」
俺は腰の刀に手をかけた。
「俺は死ぬつもりはない。そして、俺の描く歴史に、貴様らの『妥協』という余地はない。……お前たちの忠誠心が、この極寒の地でどう凍りつくか、試させてもらう」
三成の顔が引き締まる。
彼らの「解決策」は、俺という「壁」を前にして、脆くも崩れ去ろうとしていた。




