第3話:兵糧の革命
数日後、九戸城の厨房から漂う異様な匂いに、城の者たちは鼻をひくつかせ、訝しげな視線を向けていた。
「政実様、一体何を煮詰めておられるのですか……? このような、醤油とも味噌ともつかぬ焦げたような香りは……」
実平が顔をしかめながら、煮えたぎる大釜を覗き込む。
その中には、山ほど採集させたキノコ類や木の実、そして塩漬けにした野草が、俺が調合した「あるもの」と共にドロドロに煮込まれていた。
「これはな、実平。北の冬を越すための『最強の兵糧』だ」
俺は木製のヘラを力強く動かし、灰色のペースト状になった物体をかき混ぜる。
現代でいうところの「ペミカン」に近い概念だ。
本来は獣脂と乾燥肉を煮詰めて作るものだが、今の九戸には高価な獣脂を大量に使う余裕はない。
代わりに、精製度を上げた木の実の油と、麦の粉、そして塩を極限まで混ぜ合わせ、水分を飛ばして固形化させる。
これが完成すれば、湯を注ぐだけで栄養価の高いスープになる。
何より、保存性が桁違いだ。
「……政実様、山賊の類が食す怪しげな粥に見えますが」
「失礼だな。食ってみろ」
俺は冷めたものを小さく丸め、実平の口に放り込んだ。実平は恐る恐る咀嚼する。
最初は渋い顔をしていたが、やがて瞳が大きく見開かれた。
「……! これは……塩気の中に、木の実のコクが凝縮されており……腹に溜まる!」
「だろ? これを干して固めれば、数ヶ月は持つ。これを各兵に持たせれば、冬の間も飢えることなく訓練ができる」
武力だけでは、天下の秀吉には勝てない。
だが、兵が空腹を感じず、極寒の中でも機動力を維持できる軍勢となれば話は別だ。
九戸の兵が「冬でも平気で動く」と噂になれば、それだけで抑止力になる。
「兵糧一つで戦が左右されるとは……」
「そうさ。戦は、戦場に出るずっと前から始まってるんだよ」
俺は火加減を調整しながら、外に広がる雪景色を睨んだ。
秀吉の影が忍び寄る前に、俺はこの北の地の基盤を「文明化」してやる。
厨房の外では、俺が命じた「保存食作り」に動員された村人たちが、不思議そうな顔をしながらも、次々と食材を運び込んでいた。
彼らの顔には、例年のような「死の予感」はない。
あるのは、ほんの少しの好奇心と、俺に対する微かな信頼だ。
よし、まずは一つ目の布石は成功だ。次は、この兵糧を運ぶための「輸送網」を整備せねばならない。




