第2話:寒村の知恵袋
「さて、と」
目の前に広がる景色を見下ろしながら、俺は小さく呟いた。
視界に入ってくるのは、荒涼とした大地と、それに負けじとばかりにそびえ立つ険しい山々。
ここが九戸の地、俺がこれから生き抜いていかなければならない場所だ。
歴史の教科書で読んだ名前――九戸政実。
豊臣秀吉の天下統一の仕上げ、「九戸政実の乱」で滅ぼされる運命にある男。
史実通りにいけば、あと数年で俺の首は物理的に飛ぶことになる。
「……笑えない冗談だな」
俺は冷たい風に吹かれながら、短く吐き捨てた。
だが、絶望している暇はない。現代日本の記憶を持つ俺には、少なくとも「何が起きるか」を知っているというアドバンテージがある。
しかも、この体には武人としての筋力と、この地の人間特有の過酷な環境への耐性が宿っているようだ。
まずやるべきは、地盤の固め直しだ。
九戸の地は冬が長く、農耕には不向きで常に食料不足に悩まされている。
兵を養うにも、まずは民を養う食料が必要だ。
「政実様!」
背後から声をかけてきたのは、従者の実平だった。
俺の動向を心配そうに見つめている。
「……民たちの様子はどうだ? 今年の冬越しの備えは」
「正直に申し上げますれば、厳しい状況にございます。例年通りの収穫では、春を待たずして餓死者が出かねません」
やはりそうか。
俺は実平を振り返り、ニヤリと不敵に笑った。
「実平、心配はいらねえ。俺に考えがある」
俺は記憶の引き出しを漁る。
現代の農業技術、土壌改良、保存食の加工法――この時代の技術体系を少しだけ飛び越えた知識を、武力に頼らず、まずは内政から叩き込む。
「まずは、あの谷筋にある湿地を改良する。それと、今から山で採れる山菜と木の実を使った、長期保存が可能な『保存食』の試作を始めるぞ」
「……山菜でございますか? それで腹を満たせるとは……」
実平が怪訝な顔をするのも無理はない。
だが、俺が考えているのはただの山菜料理ではない。
現代の知恵を用いた、この北国の冬を生き抜くための「戦略物資」だ。
俺は九戸政実として、まずはこの凍てつく大地から支配を始める。
天下に喧嘩を売るのは、それからだ。




