第27話:静かなる包囲網
豊臣軍の本隊が動きを止めた。
九戸城を包囲する形に陣を張り、ただ静かに、雪解けを待つ構えをとったのだ。
秀吉が下した「包囲戦」の命は、京からの伝令によって氏郷と長政に届けられた。
雪原に並ぶ豊臣の陣営は、数万の規模でありながら、不気味なほどに静まり返っていた。
無闇な突撃を禁じられ、兵たちは凍える寒さの中で塹壕を掘り、黙々と焚き火を囲んでいる。
彼らは九戸城を見上げ、城から時折聞こえる「何かの音」に怯えながら、ただ時間が過ぎるのを待っていた。
一方、九戸城内。
物見櫓からその様子を見下ろしていた俺は、薄く笑みを浮かべた。
「包囲か。……秀吉らしい、小賢しい策だ」
「政実様、動きが止まりましたね。攻めてこないとなると、我々も打つ手がございません。兵糧を消耗させ、機を伺う……持久戦の様相です」
実平の言葉に、俺は首を横に振った。
「奴らは勘違いしている。ここは俺たちの庭だ。向こうが動かないなら、こちらから『冬の深淵』を見せてやる必要がある」
俺は広間に集めた将たちに、新しい指示を書き記した紙を配った。
そこには、これまでとは違う戦術が記されていた。
「これよりは、直接的な破壊は控える。
その代わり、奴らの精神を削り取る。夜ごと、陣営の近くまで近づき、ただ鉄砲を空へ向けて撃ち鳴らせ。眠らせるな。寒さと疲労、そしていつ来るか分からない死の恐怖。それを一ヶ月も繰り返せば、天下の精鋭もただの抜け殻になる」
実平はハッとした顔をした。
物理的な包囲網を、心理的な監獄に変える。
それは、ただ兵糧が尽きるのを待つ秀吉の思惑を、根底から覆すものだ。
「政実様……それは、殺すよりも酷いことではございませんか」
「ああ、酷いさ。だが、向こうから火種を持ってきたのは奴らだ。俺たちが滅ぼされるか、奴らが壊れるか。……歴史の教科書には、こう記されるはずだ。『九戸政実は、天下の軍勢を雪の中で狂わせた』とな」
俺は城壁の冷たい石に触れた。
豊臣軍の陣地からは、今日も細々と煙が上がっている。
彼らは「包囲している」つもりでいるが、実際には「九戸という名の底なし沼」に、自分から足を突っ込んでいるに過ぎない。
夜が訪れる。
九戸の城からは、静寂を破る一発の銃声が響いた。
それは合図だった。
闇の中、九戸の兵たちが影のように動き出す。
豊臣の陣営が、再び眠れぬ夜を迎えるための、招待状だ。
遠く京の聚楽第で、秀吉がどんな顔をしてこの報告を待っているのか、想像するだけで酒が美味かった。




