第24話:聚楽第の瓦解
聚楽第の広間で、豊臣秀吉の手から書状が滑り落ち、床に落ちた。
書状には、先遣隊の壊滅に続き、蒲生氏郷と浅野長政が率いたはずの主力部隊までもが、雪崩と謎の鉄砲隊によって身動きが取れなくなったという戦慄の報告が記されていた。
静寂。
しかし、その静寂は次の瞬間、爆発的な怒号によって打ち砕かれた。
「ふざけるなッ! たかが北の山賊一味に、我が精鋭が二度も三度も遅れをとるか! あいつらは何を食って育ったんだ、泥か!? 雪か!?」
秀吉は近くにあった膳を蹴り飛ばした。
豪華な料理が宙を舞い、畳を汚す。
顔は紫色にまで変色し、目玉が飛び出さんばかりだ。周囲に控える近習たちは、息を止めて平伏するしかない。
「『自然を操る』だと? 『山の神が味方した』だと? 笑わせるな! 戦は数だ、兵の練度だ、兵糧の備えだ! あんなの戦じゃねえ、ただの因縁つけられた子供のケンカだて!」
秀吉は荒い息を吐きながら、刀を抜いて柱を叩き切った。
天下人として、己の強さを信じきっていた彼の心の中に、初めて「得体の知れない不安」が芽生えていた。それは怒り以上に、彼を狂わせる。
「氏郷も長政も、何をしておる! ただの田舎侍一人、さっさと首を刎ねてこいと言ったはずだ! これ以上、我が天下に傷をつけさせたら、お前らも九戸とまとめて犬の餌にしてやる!」
秀吉は床に這いつくばる家臣の首根っこを掴み、至近距離で怒鳴り散らす。
「わしを誰だと思っとる。この日ノ本をひっくり返した豊臣秀吉だぞ! あんな北の吹き溜まりの雑兵なんかに、負けるわけがねえんだよ!」
怒り狂う秀吉の姿は、もはや天下人の威厳を失い、自分の支配する世界が少しずつ崩れていくことに耐えられない、一人の小さな男の姿そのものだった。
「全兵を再編しろ! 今度こそ、根こそぎだ! あいつの家も、村も、思い出も、血の一滴まで残さず雪に埋めてやれ! 九戸政実、貴様だけは……貴様だけは、この世から消し去ってやるッ!」
聚楽第の廊下に、秀吉の怒号がいつまでもこだましていた。
その怒りを聞く者は誰もいなかったが、北の空には、嵐を予感させる黒い雲がさらに深く垂れ込めていた。




