第23話:地獄の底の寒気
「蒲生殿……あれは、人間が扱う術ではない!」
雪崩の衝撃から辛うじて這い出した浅野長政は、兜を失った頭から血を流し、ガタガタと震えながら叫んだ。
周囲には、誇り高き豊臣の兵たちが、雪に埋もれ、あるいは鉄砲の鉛玉に撃ち抜かれ、無残な死体となって転がっている。
蒲生氏郷は、折れかけた槍を杖代わりに立ち上がった。
その目は見開かれ、信じられないものを見るように前方を見据えている。
「……何が起きたのか、理解できるか? 山が……山そのものが我らを殺しに来たのだ。あれは罠ではない。自然そのものを従えた、人知を超えた『何か』じゃ」
氏郷は雪を拭い、軍を見渡した。
規律を誇った軍勢は見る影もない。
雪崩で分断され、残存兵は極度の寒さと、どこから飛んでくるか分からない「見えない弾丸」に怯え、精神を病み始めていた。
「卑怯だと罵る声も聞こえたが、笑止千万だ……。あれほどの環境利用、あれほどの鉄砲の射程。政実は、この地そのものを城壁として利用しておるのだ」
長政は唇を噛み締めた。彼は秀吉の命に従う忠臣だ。
しかし、いま彼の心にあるのは、天下人の威光ではなく、純粋な「恐怖」だった。
「……蒲生殿、このままでは全滅する。退くべきだ。一度、兵を立て直さねば、太閤殿下に報告する者すら一人も残らぬ」
「退く? ……浅野殿、見てみろ。我らが戻る道は、既に氷と化した川が塞いでいる。後ろも、前も、横も……あの男の掌の上だ」
氏郷は空を仰いだ。
鉛色の雲の間から、わずかに光が差し込むが、それは彼らにとっての救いではなく、自分たちの惨状を照らし出す冷酷なスポットライトに過ぎなかった。
「九戸政実……。貴様は、本当に人間なのか。我らは天下人・秀吉公の威を借りてここにいるが、貴様は何を背負って戦っている?」
氏郷の問いに答える者はいない。
ただ、城壁の方角から、再び規則正しい、まるで死神の足音のような銃声が響いてきた。
二人の名将の脳裏に、初めて「敗北」という二文字が、生々しい現実として浮かび上がった。




