第18話:北へ向かう死神たち
軍艦を仕立て、奥州へと向かう船上で、蒲生氏郷は荒れ狂う波を見つめていた。
その隣には、浅野長政が冷ややかな表情で海図を広げている。
「氏郷殿、今回の戦は……骨が折れるかもしれんな」
浅野が呟く。その目は笑っていない。京を出る前、秀吉から聞いた「生け捕りにしろ」「皮を剥げ」という狂気に満ちた命が、二人の肩に重くのしかかっている。
「……天下人は、あの山猿に天下を乱されることを何よりも恐れておられる。だがな、浅野殿。九戸政実という男、ただの山猿ではないようだ」
氏郷は懐から、南部からの報告書を取り出した。
そこには、泥と氷で五千の兵が壊滅した顛末が、まるで架空の怪談のように記されている。
「氷の沼に火を放ち、敵を沈める……? 武士の戦い方ではないな。もはや、戦術というよりは『害獣駆除』に近い」
浅野が鼻で笑うが、その手はわずかに震えていた。
彼もまた、秀吉の執念の裏にある「恐怖」を敏感に感じ取っているのだ。
もし、この征伐に失敗すれば、自分たちの首が飛ぶのは明白だった。
「九戸は北の果て。我ら中央の軍勢が、彼らの『冬』と戦うことになる。地形と気候を味方につけた敵を相手に、正面からぶつかるのは愚策だ」
氏郷は海図を指でなぞる。
彼の眼光は鋭い。
名将として知られる彼にとって、九戸政実は決して侮れない相手だと直感していた。
「太閤殿下は激昂されている。だが、我らがその火に油を注ぐような真似をすれば、五千の兵と同じ目に遭う。……浅野殿、軍を分けるぞ」
「ふむ……包囲網を築き、兵糧攻めにするか?」
「それだけでは足りん。九戸には『兵糧丸』なる怪しい食料があると聞く。奴らが冬を越せる力を蓄えているなら、籠城戦は我らが先に飢えることになるだろう」
氏郷の言葉に、浅野が眉をひそめる。
「ならば、どうする? 電撃戦で城を落とすか?」
「いや、まずは『鬼の正体』を見極める。あの男、本当に人間なのか……それとも、北の寒さが産んだ亡霊なのか。確かめてやる必要がある」
船の帆が力強く風を孕む。
船首が向かう先は、遠く灰色の雲に覆われた北の果て。
二人の武将の心には、秀吉への忠義と、得体の知れない「北の鬼」に対する底知れぬ不安が同居していた。
「氏郷殿、太閤様の命は絶対だ。だが……あの地で死ぬのは御免だぞ」
「心得ている。我らは天下人の『死神』として行くのだ。九戸政実、その首、氷漬けにして持ち帰らせてもらう」
冷たい風が二人の頬を撫でる。
九戸の地はすぐそこまで迫っていた。




