第17話:太閤の激昂(家臣たち目線)
その日の聚楽第は、異様な空気に包まれていた。
普段は人好きのする笑顔で人を煙に巻く太閤・秀吉公が、鬼の形相で奥の間から飛び出してきたのだ。
「……ありゃあ、いかんわ」
控えていた側近の一人が、青ざめた顔で小声で呟いた。
その声には、隠しようのない恐怖が滲んでいる。
主君が怒ることは珍しくない。
だが、これほどまでに激情を露わにする姿は、小田原征伐の最中以来ではなかろうか。
「何があったのだ……? 南部からの早馬か?」
廊下に居並ぶ家臣たちの間を、殺気が走る。
聞こえてくるのは、普段聞くことのない、荒々しくも容赦のない尾張弁の怒号だった。
「……九戸だと? なんだて、そんな聞いたこともねえ山猿が、わしの天下に砂をかけたんだて! 許せん、到底許せんわ!」
障子の向こうで、何かが激しく割れる音がした。
陶器だろうか。
家臣たちは皆、息を殺して床に視線を落とす。
視線を上げれば、その怒りの矛先が自分に向きかねないという本能が働いていた。
「あの方の天下取りは、戦続きの日々だった。だが、今は治世の真っ只中だ。その秩序を、あの遠い北の地で乱されたことが、よほど癪に障ったのだろう」
蒲生氏郷は、静かに刀の柄を握りしめた。
彼の瞳には、主君の怒りの背後にある「動揺」が見えているようだった。
秀吉は、自分に逆らう者がこの日本にまだ存在しているという事実そのものに、耐えられないのだ。
「蒲生殿、浅野殿。太閤よりのご指名だ。……ご武運を」
廊下の隅で、家臣たちが密かに囁き合う。
彼らにとって、今回の征伐は単なる「鎮圧」ではない。
秀吉という巨大な太陽に、雲がかかることを許さないための、苛烈な儀式なのだ。
「北の鬼、九戸政実……。たかが一領主が、殿下をこれほどまでに怒らせるとはな」
ある家臣がポツリと漏らした。
その言葉には、嘲りではなく、一種の畏怖が混じっていた。
遠い北の地で、彼らは何を見たのか。
何をしたのか。
広間から出てきた秀吉の目は、燃えるような赤色に染まっていた。
その視線が廊下を掃いた瞬間、家臣たちは一斉に平伏する。
怒号は止んだ。
だが、その静寂は、北の地でこれから吹き荒れるであろう嵐を予感させるには十分すぎた。
「九戸政実……。貴様だけは、ただじゃ置かん」
秀吉の独り言が、広間に重く響く。
家臣たちは、皆悟った。
これから始まるのは戦ではない。
太閤の、執念による一方的な「抹殺」である、と。




