第12話:北の鬼、その名の実体
雪煙が晴れ、視界が少しだけ戻った時、そこにあったのは惨状だった。
氷の斜面で転倒し、身動きが取れなくなった南部軍の兵たちが、九戸の兵たちの冷徹な突きの一撃に沈んでいく。戦いというよりは、蹂躙だった。
「ひ、退けぇ! 撤退だ! これは化け物の仕業だ!」
生き残った兵たちが、武器を投げ捨てて逃げ惑う。
俺は馬の背からその様子を静かに眺めていた。
討ち取った人数はわずか数十。だが、これで南部軍の士気は完全に砕かれた。
「政実様、深追いはなさいますか?」
実平が息を切らして駆け寄ってくる。
俺は首を横に振った。
「必要ない。……これで南部信直には『九戸は容易に落とせぬ』と伝わったはずだ。同時に、俺がただの反逆者ではなく、戦術を操る『魔物』であるという噂もな」
俺は空を見上げる。雪は小降りになっていたが、空は相変わらず鉛色だ。
この勝利は、あくまで一時的なものに過ぎない。
この噂が、やがて太閤・豊臣秀吉の耳にも届く。
その時、秀吉が送ってくるのは、南部家の手勢ではなく、天下を平らげてきた豊臣の本隊だ。
「政実様、生き残りの者から聞き出しました。奴ら、我々が『鉄の武器』を使っていると本気で信じ込んでいるようです。我々の兵糧丸の袋を、何かの呪符かと……」
実平が苦笑混じりに報告する。
俺は思わず吹き出した。
中世の人間にとって、合理的な行動すら「怪異」に見えるということか。
「なら、その『鬼』の称号をありがたくいただいておこうか。南部家が俺を討つためにさらなる大軍を送ってくるなら、それこそ『北の鬼』の恐ろしさを骨の髄まで教えてやる」
俺は城へ引き返すよう号令を下した。
足元には、降り積もった雪が靴音を吸収して消えていく。
勝利の昂揚感はなかった。
ただ、やるべきことが明確になったという静かな闘志だけが、胸の内で燃えている。
「実平、城に戻ったらすぐに第二の防衛線を構築する。次は、ただの罠じゃない……敵の心を折るための『仕掛け』を作るぞ」
九戸政実は、この極寒の地で、天下という名の巨大な暴力に対して、決して屈しない要塞を築き上げる。
その準備は、まだ始まったばかりだ。




