第11話:氷上の罠
「敵の足が止まったな」
雪原の向こう側、街道に布陣した南部軍の三百が、激しさを増す吹雪に足を止め、防寒対策の甘さからか隊列を乱していた。
彼らは俺たちが城から打って出るなど想定していなかったはずだ。
この悪天候で動けるのは、俺たちが作り上げた防寒装備と兵糧丸で維持された兵だけだ。
「政実様、敵は凍傷を恐れてか、焚き火を始めようとしております」
実平の報告を聞き、俺は冷ややかに笑った。
戦場において、敵に背を見せることは最大の隙だ。
ましてや、猛吹雪の中で焚き火をするなど、自ら「ここに俺たちがいるぞ」と位置を知らせ、かつ火に気を取られて周囲への警戒を怠る失策に他ならない。
「全軍に命じろ。火矢は使うな。ただ、敵の『逃げ道』だけを塞ぐように配置につけ。……それと、例のものを準備しろ」
「例のもの……まさか、氷を削り出した『あれ』でございますか?」
「ああ。地味だが、最強の足止めだ」
俺が命じたのは、街道の先にある緩やかな下り坂に、水を撒き凍らせた「氷の滑り台」を作ることだった。
この寒さだ。
水はあっという間に凍りつき、鏡のような路面を作り上げる。
敵がこちらを認識し、攻撃のために前進しようとした瞬間、彼らは自重で滑り、隊列を完全に崩すことになる。
「敵が動き出したぞ!」
南部軍が意を決したように駆け寄ってくる。
俺は鉄砲隊の先頭に立ち、冷静に引き金に指をかけた。
「一斉射撃はまだだ。奴らが氷の坂に足を踏み入れた瞬間……地獄を見せてやれ」
雪が視界を遮る中、南部軍が俺たちの仕掛けた「滑る罠」に足を踏み入れる。
案の定、先頭の足が滑り、連鎖的に兵たちが転倒し始めた。混乱の渦中、俺は高らかに号令を放つ。
「撃てッ!」
轟音が雪原に響き渡る。
狙いは一人ひとりではない。混乱する塊の中心だ。
一斉射撃の衝撃と、寒さで震える敵の姿を見て、俺は確信した。
現代知識と、この地の過酷な環境を武器にすれば、俺はこの北の地で決して負けない。
「これで分かったはずだ。俺を、九戸政実を甘く見るなと」
混乱する南部軍の悲鳴が、吹雪の中に吸い込まれていった。
戦いはまだ始まったばかりだが、これで「九戸は恐ろしい」という印象を南部本家に焼き付けられたはずだ。




