表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/13

佐藤さわりの霊障事件簿 西洋騎士鎧の復活

西洋騎士の鎧という題材は、私にとって長く書き続けてきたお気に入りのモチーフである。

重厚な金属の質感、異国の歴史が宿る装飾、そして“中に誰もいないはずなのに動く”という不気味さ――この組み合わせは、何度書いても飽きることがない。

しかし、今回の物語では一つだけ大きな悩みがあった。

主人公の佐藤さわりは、あくまで一般人であり、武器を振り回す戦士ではない。

では、彼女がどうやって“邪霊を宿した鎧”と対峙するのか。

剣や槍を持たせるのは違う。

かといって、ただ逃げ回るだけでは物語として成立しない。

過去の作品では、教皇ホノリウス三世の“聖なる斧”を使って退治する展開を描いたこともある。

だが今回は、もっと静かで、もっと象徴的な力を使いたかった。

そこで選んだのが“聖なる十字架”である。

十字架は、武器ではない。

しかし、信仰と歴史が積み重なった象徴であり、霊的な存在に対しては強い意味を持つ。

佐藤さわりの“戦わない強さ”を描くには、これが最もふさわしいと感じた。

本作は、そんな試行錯誤の末に生まれた一編である。

読者の皆様に、少しでも不思議な余韻と静かな恐怖を楽しんでいただければ幸いだ。

第一章:中国人の買った西洋騎士鎧

ドイツ南部、バイエルンの森を抜けると、白亜の城が霧の中に浮かび上がった。

ノイシュヴァンシュタイン城。観光客のざわめきが石畳に反響し、城内の展示室には人の列がゆっくりと進んでいた。

その列の中に、ひときわ目立つ男がいた。

李広利――腹の出た背広のボタンはとうに閉まらず、歩くたびに揺れる。

チャンタ分けの髪は脂ぎり、態度は横柄。展示物に手を伸ばし、係員に注意されてもどこ吹く風。

周囲の観光客は眉をひそめ、ひそひそと悪口を言い始めていた。

だが、李広利はそんな視線など気にしない。

彼の目は、ガラスケースの奥に鎮座する一つの展示品に釘付けになっていた。

――城主ルートヴィヒが着たと伝わる西洋騎士の鎧。

「これ、欲しいあるね」

係員は苦笑しながら首を振る。

「展示品です。売り物ではありません」

「いくらでも払うあるよ。中国人は金持ちある。困らせないある」

「いえ、そういう問題では……」

押し問答は長引き、ついには上司まで呼ばれる騒ぎになった。

最終的に、ルートヴィヒの鎧は絶対に無理だが、倉庫に眠っている“ハインリヒ”という人物の鎧なら譲れる――そう説明されると、李広利は満面の笑みを浮かべた。

「それでいいある!すぐ送るある!」

こうして、彼は本来なら歴史資料として扱われるべき鎧を、金の力で手に入れてしまった。

東京・成増。

新興住宅街の一角に、李広利の豪邸はあった。

中国系企業の日本支社をいくつも束ねる大金持ちで、庭には高級車が並び、家の中は金色の装飾で統一されている。

そのリビングの中央に、例の騎士鎧が置かれていた。

李広利は子どものように目を輝かせ、部品を一つずつ丁寧に組み立てていく。

「おお……かっこいいある……」

完成した鎧をスマホで撮り、SNSに投稿する。

《買ったあるよ!本物の騎士鎧!》

フォロワーは驚き、称賛と嫉妬のコメントが入り乱れた。

だが同時に、否定的な声も多かった。

《中国人は何でも買うな》

《文化財を持ち帰るとか理解できない》

《成増にこんなの置くなよ》

李広利は気にしない。

むしろ、もっと注目されたいという欲望が膨らんでいく。

「……着てみるあるか」

彼は鎧の胴を持ち上げ、中に腕を通した。

そのとき、内側に貼られていた古びた札が、指に引っかかって剥がれ落ちた。

ふわり、と生暖かい風が頬を撫でた。

「ん?エアコンつけっぱなしあるか?」

気にも留めず、彼は鎧を着込み、鏡の前に立つ。

金属の光沢が照明を反射し、まるで中世の騎士が現代に蘇ったかのようだった。

再びSNSに投稿する。

《着てみたある!似合うある?》

コメント欄は炎上した。

《文化財で遊ぶな》

《気持ち悪い》

《成増に住んでるけど怖いんだけど》

しかし、李広利は満足げに笑っていた。

深夜。

最終電車が終わり、成増駅前は静まり返っていた。

綾小路宏斗は酒に酔い、千鳥足で改札を出た。

ふらふらと歩きながら、彼は視界の端に“何か”を捉えた。

「……ん?」

街灯の下に、金属の影が立っている。

西洋の騎士――そんな馬鹿な、と綾小路は目をこすった。

「誰だよ、こんなとこに……置物か?」

近づくと、鎧は微動だにしない。

だが次の瞬間、ギギ……と金属が擦れる音がした。

騎士の手が、ゆっくりと動いた。

「あー、あれだ。YouTubeでよくあるやつ。侍の格好して驚かすドッキリ……」

綾小路は笑いながら手を振った。

「俺は驚かないぞー」

その瞬間、騎士は剣を抜いた。

月光を受けて、刃が冷たく光る。

「……え?」

言葉を発する間もなく、剣が袈裟懸けに振り下ろされた。

綾小路は呻き声を上げ、腹を押さえて倒れ込んだ。

夜の街に、金属音だけが響いた。

翌朝、警察が駆けつけた。

だが綾小路の身体には、斬られた痕も刺し傷も一切なかった。

ただ心臓が止まっているだけだった。

「酒の飲み過ぎによる心臓発作だろう」

そう処理され、事件は片付けられた。

だが、その夜から――成増では“深夜の突然死”が続発する。

SNSは騒然となった。

《成増で謎の心臓発作が多発》

《深夜にだけ死ぬ病気?》

《中国がまた何か撒いたんじゃないのか?》

中国政府は即座に否定したが、噂は止まらない。

成増周辺では、夜道を歩く人影が減り、住民は怯え始めた。

《成増には住むな》

《あの中国人の家のせいだろ》

炎上は加速し、街は不穏な空気に包まれていった。

――誰も知らない。

夜の闇の中を、あの騎士鎧が音もなく徘徊していることを。


第二章:成増の夜に潜む影

成増の住宅街は、連日の“深夜突然死”の噂でざわついていた。

だが、その中心にいるはずの李広利は、まるで別世界の住人のように無関心だった。

「日本人は騒ぎすぎある。病気は病気あるよ」

彼はSNSの炎上も気にせず、むしろ自慢の騎士鎧を披露したくて仕方がなかった。

そこで、親しい知人たちを招いてパーティを開くことにした。

豪邸のリビングには高級ワインと中華料理が並び、政治家や企業家が集まっていた。

その中に、宗教政党の国会議員・竹内一豊と、大分紀子の姿もあった。

「これが噂の鎧ですか?」

「本物の騎士鎧なんて、初めて見たわ」

二人はワイングラスを片手に、鎧の前で記念写真を撮っていた。

李広利は得意げに胸を張る。

「ドイツの城から買ったあるよ。高かったある」

竹内は酔いが回り、顔を赤くして笑った。

「いやぁ、すごいなぁ。中国の財力は違うねぇ」

パーティは深夜まで続き、やがてお開きとなった。

竹内と大分は連れ立って帰路につく。

「一豊さん、そんなに飲んで……最終電車、もうすぐよ」

「だ、大丈夫だよ……ちょっと休ませて……」

竹内は電信柱にもたれかかり、息を整えようとした。

そのとき――大分は視界の端に“黒い影”を見た。

「……え?」

街灯の下、金属の光沢がゆらりと揺れた。

騎士鎧。

李広利の家にあったはずの、あの鎧だ。

「ちょっと……李さんが着て出てきたの?」

だが、鎧は返事をしない。

代わりに、ギギ……と音を立てて剣を抜いた。

「え……?」

次の瞬間、剣が竹内の腹に突き刺さった。

あまりに一瞬で、大分は声も出せなかった。

「い、一豊さん……?」

竹内は目を見開いたまま崩れ落ちた。

「いやぁぁぁぁぁ!!」

大分の叫びが夜道に響く。

鎧はゆっくりと彼女に向き直り、剣を構えた。

「来ないで……来ないで!!」

大分は必死に走り出した。

だがハイヒールが邪魔で、足がもつれる。

背中に、鋭い痛みが走った。

「あっ……!」

倒れ込んだ瞬間、景色が歪み、気づけば断崖絶壁の上に立っていた。

鎧は走るのではなく、滑るように近づいてくる。

「いや……いやぁ……!」

逃げ場はなかった。

大分は足を滑らせ、暗闇へと落ちていった。

翌朝。

病室の天井を見上げ、大分は息を呑んだ。

「……生きてる……?」

ベッドの脇には警察官が二人立っていた。

「昨夜のことを教えてください」

大分は震える声で、すべてを話した。

竹内が刺されたこと、自分が背中を斬られたこと、断崖から落ちたこと――。

だが、警察官は困惑した顔で首を振った。

「背中に切り傷はありません。打撲だけです」

「竹内議員も、刺し傷はなかった。心臓発作と診断されています」

「そんな……そんなはずないのよ!」

担当医も同じことを言った。

大分は混乱し、涙が止まらなかった。

病室に戻ると、彼女は震える手でスマホを取り出し、SNSに昨夜の出来事を投稿した。

《騎士鎧に襲われた。竹内議員は殺された》

投稿は瞬く間に拡散し、炎上した。

《国会議員の妄言》

《酒で転んだだけだろ》

《頭おかしくなったのか》

画面を見つめながら、大分は声を殺して泣いた。

そのとき――ふと、ある人物の顔が浮かんだ。

佐藤さわり。

黒髪のチューリップカットに黒縁眼鏡。

政治記者であり、名刺にはもう一つ肩書きがある。

――霊障探偵。

「……佐藤さんなら……」

大分は震える指で、佐藤の番号を押した。


第三章:佐藤さわり登場

成増病院の廊下は、朝の光を受けて白く輝いていた。

だが、その静けさとは裏腹に、大分紀子の病室には重い空気が漂っていた。

ノックの音がして、黒髪の女性が姿を見せた。

チューリップのように丸く整えられた髪型、黒縁の眼鏡。

その眼鏡の中央には、小さなカメラが仕込まれている。

「大分議員。ご連絡をいただいて、すぐに来ました」

佐藤さわり――政治記者であり、霊障探偵。

大分は涙で濡れた目を上げ、彼女の姿を見るなり、ほっと息をついた。

「佐藤さん……来てくれて……」

佐藤はベッド脇の椅子に腰を下ろし、落ち着いた声で言った。

「昨夜のこと、詳しく聞かせてください」

大分は震える声で、竹内一豊の最期、自分が斬られた感覚、断崖から落ちたこと――すべてを語った。

佐藤は一度も遮らず、ただ静かに耳を傾けていた。

「……信じてもらえないと思うけど、本当なの……本当に、あの鎧が……」

佐藤は眼鏡の奥で目を細めた。

「信じますよ。あなたが嘘をつく理由はないでしょう」

その一言に、大分は涙をこぼした。

「西洋の騎士鎧……初めてのケースですね」

佐藤は立ち上がり、名刺を置いた。

「調べてみます。必ず」

そのころ、成増の李広利の家では、異様な現象が起きていた。

リビングの中央に立つ騎士鎧が、地震でもないのに、かすかに揺れている。

金属が触れ合うキャシャキャシャという音が、静かな部屋に響いた。

「なんだある……?」

李広利が近づくと、鎧はぴたりと動きを止めた。

だが、空気はどこか生暖かく、重い。

鎧は――佐藤さわりの存在を“感じ取っていた”。

午後。

佐藤は李広利の家を訪れた。

インターフォンを押すと、しばらくして扉が開いた。

「なんだある?記者さん?」

「宗教政党の大分紀子議員から伺いました。立派な騎士鎧があると……もしよければ、見せていただけませんか?」

李広利は満面の笑みを浮かべ、佐藤をリビングへ案内した。

鎧は、昼の光を受けて鈍く光っていた。

佐藤は一歩近づき、じっと観察する。

金属の継ぎ目、装飾、剣の鞘――どれも古いが、異様な存在感があった。

「すごいですね……本物ですか?」

「本物あるよ。ドイツの城から買ったある」

佐藤は軽く会釈し、家を後にした。

「姐ちゃん、また見たくなったら、いつでも来るあるよ」

背後から李広利の声が聞こえたが、佐藤は振り返らなかった。

自宅に戻ると、佐藤はすぐに眼鏡の録画データを再生した。

鎧の背後――そこに、薄い靄のようなものが立ち上っている。

「……これは……」

再生を止めようとした瞬間、画面の中の鎧が、ゆっくりと“こちらを向いた”。

「嘘……」

鎧の目の部分が、確かに佐藤を捉えていた。

背筋に冷たいものが走る。

そのとき、部屋の灯りが突然消えた。

真っ暗な中、低い声が響く。

「次に逢ったら……命はないよ」

佐藤は息を呑んだ。

数秒後、灯りが戻る。

彼女は震える手でパソコンを閉じ、深呼吸した。

「……これは、普通の霊じゃない」

すぐにネットで鎧の情報を調べ始めたが、決定的な資料は見つからない。

ただ一つ、気になる名前があった。

――令和学院大学教授、中村嘉吉。

西洋悪霊の専門家として知られる人物。

「……会ってみる価値はありそうね」

佐藤は眼鏡を外し、そっと机に置いた。


第四章:対決

令和学院大学は、田町と五反田の間に挟まれた静かな丘の上にあった。

キャンパスの奥、古びた神学研究棟の一室に、佐藤さわりは足を踏み入れた。

部屋の中には、十字架や古文書が所狭しと並んでいる。

その中央で、小柄な男がパソコンに向かっていた。

口ひげを蓄え、肌は異様に黒い。本人いわく「山歩きが趣味で、日焼けが取れない」のだという。

「中村嘉吉教授ですね。佐藤さわりと申します」

中村は椅子を回し、にっこりと笑った。

「おや、政治記者の佐藤さん。霊障探偵としても有名だね。今日はどんな厄介ごとかな?」

佐藤は眼鏡の録画データを再生し、騎士鎧の映像を見せた。

鎧の背後に立ち上る靄、そしてこちらを向く瞬間――。

中村の表情が変わった。

「……これは、ハインリヒの鎧だね」

「ご存じなんですか?」

「ええ。悪名高い騎士だ。十字軍にも参加せず、教皇の命令に背き、破門された。最後は斧で首をはねられたが……死後も悪行を続け、転生して人間に禍を与えたと伝わっている」

中村は棚から古い書物を取り出し、ページをめくった。

「だが、最終的にはドイツ騎士団の“聖者”によって封印された。鎧の内部に札が貼られていたはずだ」

佐藤は息を呑んだ。

「……李広利が、その札を剥がしたんですね」

「だろうね。封印が解けた以上、邪霊は自由に動ける。しかも、あれは“魂を刈る”タイプの悪霊だ。斬られた傷が残らないのは、そのせいだよ」

「退治する方法はありますか?」

中村は少し考え、机の引き出しから小さな木箱を取り出した。

中には銀色の十字架が収められている。

「これは“聖者の十字架”。本来は封印用の道具だが、邪霊を弱らせることもできる。持っていきなさい」

佐藤は両手で受け取った。

「ありがとうございます」

「用が済んだら返してね。高いんだ、これ」

中村は冗談めかして笑ったが、その目は真剣だった。

夜。

佐藤は最終列車に乗り、成増へ向かった。

窓の外は闇に沈み、街灯が流れるたびに胸がざわつく。

――あの声が、また聞こえるかもしれない。

だが、行かねばならない。

大分紀子のためにも、これ以上犠牲者を出さないためにも。

そのころ、李広利の家では異変が起きていた。

リビングの中央に立つ騎士鎧が、地震でもないのに揺れている。

キャシャキャシャ……と金属が擦れる音が響く。

「なんだある……?」

李広利が近づいた瞬間、鎧は前に倒れ込んだ。

重い金属の塊が彼の身体を押し潰し、背後のソファの木枠に頭を強く打ちつけた。

鈍い音が響き、李広利の身体は動かなくなった。

あまりに呆気ない最期だった。

佐藤が家に到着すると、玄関は静まり返っていた。

チャイムを押すまでもなく、リビングの奥から“気配”が漂ってくる。

「……いるわね」

部屋に足を踏み入れた瞬間、空気が凍りついた。

音もなく、騎士鎧がスーッと現れる。

「お出迎えとは、礼儀正しいじゃない」

「やはり来たか……魂を頂くよ」

低い声が鎧の内部から響いた。

剣が抜かれ、金属の光が閃く。

佐藤は身をひねり、斬撃を紙一重で避けた。

鎧は重いはずなのに、動きは異様に速い。

「くっ……!」

二撃、三撃と剣が振り下ろされる。

佐藤は家具の影に飛び込み、呼吸を整えた。

――今だ。

ポケットから“聖者の十字架”を取り出し、鎧の胸に押し当てた。

ジュッ、と肉の焼けるような音がした。

「うぉぉぉぉ……!」

鎧の内部から黒い煙が噴き出し、霊の叫びが響く。

「熱い……!やめろ……!」

剣が手から落ち、鎧は崩れ落ちた。

黒い影はのたうち、やがて霧のように消えていった。

静寂が戻る。

佐藤は息を整え、リビングの奥へ進んだ。

そこには、倒れた鎧と、動かなくなった李広利の姿があった。

「……間に合わなかったか」

駆けつけた警察は、またしても“心臓発作”として処理した。

佐藤はただ、黙ってその場を離れた。


エピローグ

成増の騒動が収まったのは、事件から数日後のことだった。

深夜の突然死はぴたりと止まり、SNSの炎上も次第に沈静化していった。

だが、佐藤さわりの胸には、まだ微かなざわつきが残っていた。

その日、空は雲ひとつない快晴だった。

佐藤は令和学院大学を訪れ、中村嘉吉の研究室の扉をノックした。

「おや、佐藤さん。無事だったようで何よりだ」

中村は笑いながら、湯気の立つコーヒーを差し出した。

佐藤は深く礼をし、バッグから銀色の十字架を取り出す。

「お借りしたもの、返します。……本当に助かりました」

中村は十字架を受け取り、光にかざした。

「よくやったね。あれは普通の霊じゃない。生きて帰ってきたのは立派だよ」

「……褒められるようなことじゃありません。運が良かっただけです」

「運も実力のうちさ。どうだい、キリスト教徒にならないかい?」

佐藤は苦笑し、首を横に振った。

「申し訳ありませんが、遠慮しておきます」

中村は肩をすくめ、コーヒーをすすった。

「また厄介な案件があったら来なさい。相談くらいは乗るよ」

佐藤は軽く会釈し、研究室を後にした。

その日の午後。

佐藤は成増病院を訪れ、大分紀子の病室を開けた。

「佐藤さん……!」

大分はまだ包帯が残るものの、表情は以前より明るかった。

「おかげで助かりました。本当に……ありがとう」

「あなたが生きていてよかった。それだけです」

二人はしばらく談笑し、佐藤は病室を後にした。

帰り道、佐藤はドトールに立ち寄った。

窓際の席に座り、メニューの中で一番高いハニー・カフェ・オレを注文する。

「霊障事件の解決費もいただいたし……今日は贅沢してもいいわね」

甘い香りがふわりと広がり、緊張していた心が少しだけほどけていく。

外では、夕陽が街を金色に染めていた。

佐藤はカップを口に運びながら、静かに呟いた。

「……次は、どんな霊障が待っているのかしら」

その瞳には、恐れよりも、確かな覚悟が宿っていた。

(完)

今回の物語では、西洋騎士鎧に宿った邪霊との対決を描いた。

異国の歴史と日本の住宅街というミスマッチが、独特の不気味さを生む――その感覚を大切にしたつもりだ。

佐藤さわりは、派手な必殺技を持つわけでも、超常的な力を持つわけでもない。

それでも、彼女は逃げずに向き合い、観察し、理解し、そして対処する。

その“静かな強さ”こそが、彼女の魅力であり、シリーズの核でもある。

次回作では、さらに一歩踏み込んだ存在――“悪魔”との対決を描く予定だ。

西洋の宗教観と日本の現代社会が交差する、より深い物語になるだろう。

佐藤さわりがどのように立ち向かうのか、ぜひ楽しみにしていただきたい。

ここまで読んでくださった皆様に、心からの感謝を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ