月苺
「では、行ってくる」
「行ってきます」
「お気を付けて~」
リオットに手を振られ、業務終了後にアシェを連れて馬車に乗り込む。
日は落ちかけているが、これから向かう場所は夜向かうことに意味がある。
ポシェットを肩にかけて、アシェは不思議そうにオレを見つめた。
「どうして、夜からお出掛けなの?」
「今日は年に数回しか実らない“月苺”が実る日なんだ。さらに夜、月明かりの下で食べないと、渋くて食べられないらしい。食べてみたいと思ってな」
本来招待された者か一部の貴族しか食せない貴重な月苺。しかし以前、魔物討伐の感謝の印にと、招待状をもらったのだ。
月苺は知る人ぞ知る、珍しいものらしい。
1名同行可能と書かれていたので、アシェなら喜ぶだろうと思い、一緒に行くことにした。
「月、苺……!苺、甘くて好きなんだぁ」
アシェは目を輝かせた。
アシェが苺好きなのは知っている。
デザートでよく選んで食べているからな。
「ご機嫌だな。楽しみか?」
「うん!」
話しているうちに、外は暗くなっていて、月明かりと馬車の灯りだけが辺りを照らしていた。
____
月苺が実る丘は、馬車から降りて歩いた先にある。少し歩くと、アシェはオレの後を楽しそうについてきていた。
「もうすぐ見えるはずだ」
「見える?わ、あ……!」
丘の上には一面光り輝く、苺畑。
まさに月苺の名にふさわしく、月明かりの下で苺は光を灯していた。
他にも月苺目当ての人々が、苺畑に集まっている。しかしよく見ると、男女問わず2人組が多いようだ。
「招待状を拝見させて頂きます」
入場口付近にいる月苺の管理人に、持参した招待状を渡して入場する。
獲れる数も限られている。
貴重な物なので、1人3粒までだ。
「3つもいいの?」
「そうみたいだな」
月苺の甘酸っぱい香りが辺りに漂う。
ほんのり光り輝く月苺を一粒摘み取る。
月明かりに透ける月苺が、宝石みたいにきらめいていた。
「アシェ」
「ヴァルドさん。あ……」
アシェが両手で摘み取った月苺を差し出していた。
「ありがとう」
アシェから月苺を受け取り、自分が選んだ苺をアシェの掌にそっと置く。
「ありがとう。すごく綺麗。いただきます」
アシェは一口で月苺をぱくりと頬張る。
「美味いな。アシェが選んでくれたからだろうか」
甘さが口いっぱいに広がり、光が漏れて、吸い込まれるように消えていった。
「美味しい……!すごく、甘いね!」
アシェは嬉しそうに頬を染めていた。
よく見ると他の2人組も、お互い摘み取った苺を交換しているな。仲がいいことだ。
__
月苺をお互い食べ終え、空いていたベンチに腰を下ろした。月明かりと月苺の明かりが辺りを照らし、夜風が心地よいな。
そういえば入場口から出た際に、何かアシェが受け取っていたな。アシェが月苺の栞カードを開く。
「……縁結び?」
「なんだ?」
アシェが受け取った月苺の栞カードを見せられ、読んでみる。
『ご来場いただき、ありがとうございました。
本日は“縁結びの月苺”の夜。
お互いに選んだ月苺を交換し、口にすることで、2人の縁がより固く結ばれるといわれています。
あなた方に、素敵なご縁がありますように』
「……!」
無意識に交換していたが、まさか縁結びの効果があったなんて。
「ぼくたち、縁、結ばれちゃったのかな?」
アシェはふふっと嬉しそうに笑った。
夜風が吹き、身体が冷えるだろう。
アシェの肩を持ち、そうかもな。と小さく呟いた。
__
「招待状をお持ちの方ですね。
あちらへお進みください」
淡い街灯に照らされた道を、月苺の管理人に案内されて、進んでいく。
アシェは辺りをキョロキョロと見渡しながら、楽しそうに歩いていた。
案内された先には、立派な宿屋が佇んでいた。
月苺の宣伝も兼ねているのだろう。
月苺のモチーフがところどころ散りばめられているが、落ち着いた印象の宿屋だった。
「わ……宿屋!」
「あぁ。温泉があるらしい。
なんでも“月苺の湯”というらしい。
気になるだろ」
「湯?うん!」
貴重な月苺を使った湯――だとは思わないが、せっかく招待されたんだ。どのようなものなのか、入ってみるのも悪くないだろう。
そして月苺をモチーフにした限定グッズまで販売されているらしい。
商売上手なものだ。
苺が好物なアシェだが、グッズが欲しいかと言われたらまた別の話だろう。
しかし、押し付けたくもある。
まだ幼く可愛らしいアシェ。
男だと知っていてもだ。
宿屋に見とれるアシェの背を優しく押して、中へと向かった。
この宿屋には、月苺を口にしたことがない者でも泊まることができる。
だが、ここに泊まる人の本当の目的は別にあることが多い。
というのも、宿泊者には抽選で“月苺を味わう権利”が与えられるのだ。
希少な果実を求めて、旅人や貴族が集うこの場所は、常に賑わいにあふれている。
――その仕組みにより、この宿屋は常に賑わい、繁栄していた。
招待されなかったら、アシェとここに来られることはなかっただろうな。
宿屋の者に招待状を見せると、すぐに部屋へと案内された。
「わわっ大きいベッド!すごい。
別の世界みたいだね!」
「そうだな」
扉を開けると、確かに普段騎士団で取るような寝るだけの宿とは違うようだった。
貴族や月苺を求めている者が満足するような、宿にしたのだろう。
天井に吊されたランタンは柔らかい光で室内を照らし、色とりどりのクッションやカーテンはまるで異国のような雰囲気だった。
「なんだか、いい香りがする」
室内に置かれた小さな香炉からは、ほのかに甘く柔らかな香りが漂い、部屋全体を落ち着いた異国の空気で満たしていた。
苺の果実から香料を抽出したらしい。
1階の売店で販売されているとまで書かれている。商売上手なものだ。
「月苺も食べられて、温泉もあって、泊まれちゃうなんて。すごく楽しいね!えへへ」
「そうだな」
喜んでいるアシェを見ていると、オレの気持ちも満たされる。そんな気がした。
__
月苺の湯とやらを試してみるとするか。
アシェと月苺の露天風呂へと向かう。
服を脱ぎ扉を開けると、外にも拘わらずふわりと甘い香りが漂っていた。
誰もおらずどうやら貸切のようだ。
「甘い匂いがするね。月苺の香りかな?」
「そうかもな」
「わわっ熱い!」
片足をお湯につけるアシェはお湯の熱さに驚いているようだ。足元にお湯をかけてやり、ゆっくり入るように促す。
「温泉、気持ちいいね」
「そうだな」
月苺は甘い香りがするが、不思議と心身を癒やしてくれる。
ふわりと漂う香りが、疲れた身体を優しく包み込むようだった。
「外、真っ暗。でも遠くに灯りが見えるよ」
この宿屋は高い位置にあるので、街を見下ろせる。街や街灯が星々のように辺りを照らしていた。
「あったかいな。こんなに、いいのかな。
幸せで」
「当たり前だ。アシェはよく頑張っているんだからな」
お湯に濡れた手でアシェの頬を撫でる。
アシェはオレの眼を見て、にこりと笑った。
「……のぼせる前に風呂から出ないとな」
「はい」
アシェは元気よく返事をしていた。
その日の夜はアシェといつものように、たわいのない話をしてから眠りについた。
「月苺大福があるって。
美味しいのかな。
でもそのいちごは月苺を使ってるわけじゃないんだって。どういうことなんだろう」
「月苺モチーフらしいな。
月苺は貴重な物だからな」
宿屋に来たからと言って特別なことは何もない。
「月苺の……カトラリーセット……わわ。
すごい高い」
アシェは宿屋に置かれた冊子をぱらりとめくっていた。
その夜はアシェの表情がころころと変わっていたのが印象的だった。
____
朝になってヴァルドさんと宿屋の食堂へと向かった。
朝とっても早いのに、ウエイトレスさんが忙しそうに働いていた。
「朝食はバイキングになっております!シェフが腕をふるった料理です。どんどん食べてくださいねー!」
「ありがとうございます!」
ぼくたちはトレイとお皿を渡される。
「バイキングか。アシェ、好きな物を取っていいぞ」
好きな物……こんなにたくさんの中から?
テーブルには色とりどりの野菜やフルーツ、お肉やデザート、パンも種類豊富に並んでいて、目が回ってしまいそうだった。
焼きたてパンの香りがふわりと漂い、お腹の虫がなってしまって、ぼくは顔を赤くした。
焼きたてパンの置かれたカゴの前に向かい、トングで一つだけお皿に乗せる。
ロールパンだ。ツヤツヤでふわふわで美味しそう。
パンを持って、席に向かおうとしたら、ヴァルドさんに腕を止められる。
「アシェ、もっと食べるんだ」
「わわっ」
ぼくのお皿に、お肉や野菜、デザートを盛り付けられる。いつのまにかぼくのお皿はたくさんの料理で綺麗に埋められていた。
「1日の始まりは朝食からだ。
……もっとも、アシェが来るまであまり意識していなかったがな」
ヴァルドさんは普段からよく食べる。ヴァルドさんのお皿にも、山盛りの料理が積まれていたんだ。
____
朝食バイキングを終え、コーヒーを飲みながら、一息つく。
アシェはオレが盛り付けた分をしっかり食べ終えていた。沢山食べられるようになったな。
ロールパンを気に入ったのか、もう一個食べていいの!?と目を輝かせていた。
こんなに楽しそうなアシェの姿を見ることができ、月苺も食すことが出来た。
たまにはこんなふうにゆっくりするのもいい。
まあアシェが来てからは、彼と一緒にどこに行こうか。そんなことばかり考えているがな。
平和な話です




