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ギブミーカフェイン!  作者: バケツロリータ
1箱目 A Strange Hero.
8/17

8本目 仕事を終えて

《今日未明、〇〇市で原因不明の揺れが観測され…》


 今日の朝食は、とても静かであった。ダイニングキッチンのテーブルに置かれた陶器製の皿と、木製のスプーンが時々当たる音が響き、少し遠くに備えられた台湾産まれの液晶テレビから、小さめの音量で出力される無機質なアナウンサーの声が、朝の食卓を彩る。


《震源地のすぐ近くの地下道は、崩落の可能性があるとして、現在封鎖されており…》


 前日の夜の夕飯であった、『もやしカレー』を無の心で胃袋へと流し入れて満腹になった俺は、今日未明にズタボロにされた腹をさすりながら、朝のニュースを優雅に聞き流していた。

 しかしながら、妹の手料理をしっかり満たした腹部は、完全に元通りになり、傷跡すら見当たらなくなっていた。おそらく能力のおかげだろう。


 『カフェインを摂取する事でスゥゥパゥァァなメェンになる能力。』


 俺が現時点で、能力に対して把握している事を簡単にまとめるとこうなる。カフェインを含んだ飲料や食品を摂取する事で、人間離れしたパワーで悪人をぶん殴り、蜂の巣にされても何事も無かった様に日常に戻れるという事だ。

 元々はカフェインに弱い体質で、コーラやコーヒーは御法度だったのだが…。ブラックな企業に勤めていた故か、それとも非情な現実がそうしたのか…。


《また、震源地付近では、車の窓ガラスが割れる、ビルの外壁が一部損壊する被害も報告されている他、近くを通りかかった1台の軽自動車が横転する等の事故も発生しており…》


 そんな事よりも、今日は貴重な休日。非正規雇用の俺にとっては給与よりも大切な休日である。休む日とかいて休日。嗚呼、なんて素晴らしい響きなのだろう。個人的に世界で一番美しい熟語だと思っている。響きもさることながら、やはり漢字のバランスも良い。美しい。故にマーベラス!


《警察は、現場で倒れていた男性から事情を聞くと共に、国際的テログループによる犯行も視野に入れて…》


 さてさて、今日は何をしようか?澄ました顔で、果汁100%オレンジジュースが入った、無駄に700mlも入るタンブラーを傾けながら考える。

 昨日退治した男の財布には運の良い事に、福沢諭吉が5人も居たのだ。思わずニヤつきを抑え込むのに必死になる。


「そういえば兄貴さー。」


 そうだ、この金で街に出てショッピングはどうだ。いや、この金で久しぶりの美味い飯が喰いたい。ラーメンも良いが、ここはやはり焼肉!一人焼肉で肉を独り占めッ!…待て、この金は貯金に回し、家でゴロゴロしながら映画鑑賞も良い。いや、久しぶりに生ビールが呑みたい!もうリキュールとホップを混ぜた“ビールモドキ”なんてうんざりだ!非加熱の旨味を再び刻み込ませる為に箱買いしてしまおうか。いや、5人も居るのだから全部まとめて叶えてもバチは当たるまい。

 と、なんとも妄想だけが広がる休日の朝である。


「今月の分、貰ってないんだけど?」

 

 向かいに座る小娘いもうとが居なければの話だが。

 優雅なひと時を打ち崩す様に、我が妹である一海ひとみが猛禽類の様な鋭い目付きでコチラに問いかけ、完全に捕食対象となった俺は、悲しげな表情と共に頷いた。

 『今月の分』とは『生活費』の事だろう。大学進学を検討できる程の学力も無かった俺は、5年程前に社会人になり、免許取得費用や生活費として家には毎月5万円を入れると、父と妹の間で約束したのだが、非正規げんざいでは若干の重荷に変わりつつある。

 かろうじて、夜の副業のお陰で預金残高を6桁に維持出来ては居るのだが、この不安定な力が一生続くとは限らない不透明感にも悩まされている。

 そして、やはりと言うべきか、楽して儲けたあぶく銭が消えるのは、とても切ない。


「こ、これで今月は…、何卒…。」


 ショバ代を要求する地上げ屋いもうとに、しわくちゃになった福沢諭吉を5人差し出す。給与では無く、あぶく銭の方だ。最初の頃こそ、「家族に犯罪で稼いだ金なんて…。」と思っていたが、慣れとは少し怖いものである。


「いち、にぃ、さんっしー、ごっ。まいど。」


 受け取った一海は、慣れた手付きで札を勘定して礼を言うと、少し満足そうな顔で封筒に入れた。わざわざこんな事までしなくても良いのだが、過去に4ヶ月分をすっぽかした前歴もあるので、現金の引渡しは厳重に行われる事となった。完全に自業自得です。はい。

 『今月分』と油性マジックの太い軸で書かれた白い封筒を、近くに置かれたローチェストの上に置くと、食べ終えた食器を持って一海は席を立ちキッチンのシンクへと向かうが、「あっ」と声を上げると、少し慌てた様子でキッチンを離れる。


「もうこんな時間じゃん。」


 焦りを微塵も感じさせない独り言と共に、黒檀の様な美しい髪を束ね、美しくまとまったポニーテールを揺らし、黒いデニムに薄手の白いジップパーカーという格好に身を包んでいた一海は、扉が開けっ放しのリビングから玄関へと小走りで向かった。

 今日は平日であるが、今は全ての学校が『夏休み』に突入していた。部活動に専念したり、海や山で自然を満喫したり、冷房の効いた部屋でゴロゴロ過ごしたり、恋人同士で忘れられない夏の思い出を作ったり、あるいは大量の宿題に追われ、最終日に開き直って始業式を迎えたり、人によって様々な過ごし方のある特殊な休暇。おそらく、この国で生活する人間にとっては最大の長期休暇であろう。実際、この国で社会人になると、3連続の休日を確保するのにすら苦労するのだから。最初に入社した会社で3連休を申請した際は、何処からか舌打ちが聞こえてきたのを、未だに俺は覚えている。


「んじゃ、後片付けよろしくー。」


 そんな理不尽な思い出にメンタルを薄く削り取られていた内に、玄関へと移動していた一海は、俺に声をかけるとドアを開けて出ていった。呆然としていた俺は我に返り、後ろから追うように「気をつけてなー。」と声を掛けると、部屋は先程の様に静かになった。

 行き先は告げなかったが、おそらくアルバイトへと向かったと服装から推測する。

 「何も今から働かなくても」と、捻くれた俺は思ってしまうのだが、根っからのアウトドア派の彼女を支える愛機――いや自転車でいいか――『エスケープR3W』の為に小遣いを貯めているそうだ。この前はサイドスタンドを着けたと嬉しそうに話していたが、俺から言わせるとサイドスタンドすら付いてない自転車なんて、検品すらされていない不良品だと思ってしまう。もちろん、良かれと思って本人にありのままに伝えたが、返ってきたのはスネ蹴りだった。世の中世知辛い。あとスネはやめな。ボディにしな。ボディを。


 テレビの番組は、いつの間にかニュースからワイドショーに変わっていた。時刻は8時を迎え、軽快な音楽とポップなタイトルロゴと共に、お笑い芸人出身のタレントと、食いしん坊な女性アナウンサーがペコリと一礼して番組が始まる。


「さて、片付けでもするかな…。」


 少し気だるい気分で独り言を呟き、オレンジジュースを飲み干して席を立った俺は、食器を洗う為にスポンジを手に取る。数分後に、その気持ちが混乱するとはいざ知らず、俺は息を深く吐いて蛇口の栓をひねった。


 後に分かった事だが、倒れていた全裸の男は、数件に及ぶ連続通り魔事件の犯行を全て認めたそうだ。職業は無職。48歳独身、就活中だったそうな。


『女の子の苦しむ顔に興奮した。』


 コレが動機だったらしく、コレクションとして収集していたナイフを使って、被害者を切りつけたり、首を絞めるなどの犯行に及んだそうだ。

 今思うと、確かに気持ちは理解出来…ごほんっ、いや、えー、到底許されるべき行為ではない!全く、頭のイカれた野郎だぜ。頭の中身どうなってんだよ全く!そもそも!女の子は丁寧に扱うべきであって、乱暴して苦しむ顔でハァハァしたりあれよあれよと破廉恥な行為をするべきではないのであって、むしろ優しさを軋むベッドの上で持ち寄って――しかし当時の俺は、妙な違和感に思考が働いていた。


 あの男の格闘能力だ。序盤こそ慣れた手付きでナイフを操り、カンフーの様に強力な打撃を連続で浴びる事になったが、途中から感情的に向かって来ていたなと、俺は振り返る。後に警察の発表やマスコミによる粘着質な取材によって得られた報道で、彼の実生活が暴露される事になるが、不思議な事に格闘技を習っていた等の内容は見当たらなかった。ましてや職業は無職。警察官だとか、警備員でも格闘家でもない。

 一体何者なのか。当時の俺には皆目見当が付かなかった。元ベトナム帰り?超能力者?もしかして拳法の達人?まさかの俺と同じ存在?いや、それは無いだろ…。

 と、沸騰する水の様にポコポコと推測を挙げていると、マリンバの軽快な通知音と共に、スマートフォンの画面表示されたメッセージアプリの短文で思考が停止した。


『赤べこアンケート出した?締め切り今日までだから』


 送り主は、部門長である金剛力士像の生き写しの様に強面の加護目さん。

 この短文と送り主というだけで、家事を凄まじい速さで終え、「リボ払い」とゴシック体で書かれた白いTシャツと半ズボン姿で、慌ててボディバッグを握り締めて家を飛び出すと、俺は黒いジェットヘルメットを被りながら、玄関先にある銀色のシートを、勢いよくめくった。


 銀色のシートから覗かせたのは、くたびれて色あせた緑色のモノコックフレーム。くすんだ鼠色と錆色の斑点に染められた、17インチのスポークホイールに、サビに侵されて樹皮の様に変質したリアフェンダー。数々の思い出と転倒を物語る、割れて黄ばんだ白いレッグシールドが包むのは、世界中で最高傑作と評される単気筒エンジン。

 そんな錆とホコリまみれの愛車である『ホンダ スーパーカブC70』を、暴力的なキックスタートで叩き起こすと、咳き込む様な排気音と共に原動機に火が入った。小刻みに車体が震えながらも、ヘッドライトが弱々しく光を放ち始め、アイドリングが規則的になった所で、縫い目が破れて“アンコ”が飛び出した黒色のシートに尻を乗せた。


「…ダルいな。」


 呟いた一言とは裏腹に、俺はミラー加工が施されたバブルシールドを下げ、シフトペダルを踏み込んでスロットルを開いた。『ガチャン』と、車体の大きさのわりに大げさな音と共にギアが入り、独特の軽快で静かなエンジン音を奏でながら走り出す。

 今日も暑くなりそうだ。刺さるような日差しを肌で感じ、短い電信柱の影を横目に、俺は右側のウインカーを光らせた。

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