1本目 迷える悪い羊
カサカサと、風に吹かれた木の枝が音を立て、雨風で錆び付いたブランコが、耳鳴りの様な不愉快な声で鳴く。ここは児童公園。
いや、児童公園というより“老人”公園が正しいのかもしれない。置いてある物は遊具から健康器具へと変わり、入口の注意事項には「ボール遊び、鬼ごっこ禁止」が書かれ、唯一ある遊具はブランコのみ。そのブランコも、近日中に撤去が決まったらしく、ポールと虎ロープに囲まれ、その旨が書かれた看板が鎮座している。
そのブランコを眺められる様な位置に置かれた、木製のベンチに座る男が一人、2リットル程のペットボトルの中身を喉の奥へ押し込んでいた。
「あ゛ーっ…、クソが…。」
くたびれたブルーの作業着に見を包んだ、男の吐き捨てた言葉が、日が沈みかけている空に溶けていく。頬骨が出た四角い顔は無精髭と疲れに覆われ、垂れ気味の瞼は、先程吐いた言葉を見送る様に虚空を見つめている。
『悪いけど、今日いっぱいで仕事を――』
出勤して早々、社長から頂いた“お言葉”を思い出す。どうやら、たった一回の過ちすらも世間の人達は許してくれないらしく、「罪を償い、足を洗って真面目に働こう。」と、一瞬でも思った自分に腹が立つ。
そして、最後の“現場”で盛大にしくじった事にも腹が立った。あの時、年寄りの家主と鉢合わせにならなければ、俺は今でも空き巣で食っていけたのに。
てっきり就寝中かと思いきや、真夜中だというのに『片手一本指腕立て伏せ』をしていたのだから参った。しっかり気をつけていれば、家主にジャーマンスープレックスをお見舞いされ、立ち上がったところでドロップキックを喰らう事も、おそらく無かっただろう。
そんな怒りに任せて、男は食道へと一気に流し入れようとボトルを煽ったが、一口程の量の焼酎が、喉を微かに刺激しただけであった。
「ちっくしょう、がよぉ…」
ボソリと呟くと、苛立ちを抑えきれずに空になった2リットルのペットボトルを地面に叩きつけると頭を抱えてうずくまった。
明日からどうすればいいのだ。真っ当な道を絶たれた男は、完全に路頭に迷っていた。しかし、解決策だけは思い付いていた。
「また…空き巣やるかぁ…?」
また小声で解決案をぼやいた時、背後から女性の声が聞こえた。
「お困りのようですね?手、貸しましょうか?」
「え?」
うっっっっっっっわ。思わず振り向いたけど、何だコイツめっちゃエロい格好やん。
緩くパーマがかかった黒髪に、きめ細かや褐色の肌。その肌を包む白いブラウスは、胸元が鳩尾辺りまで大胆に開き、黒のタイトスカートからスラリと伸びた脚で歩むたびに特A級な2つの果実が揺れに揺れている。今にも“事件”が起こりそうだ。
おやっ、もしかしなくともこれは多分ノーブラ。嗚呼、これは事件ですわ。
そして肝心の顔立ちも…、パーフェクトや!ラテン系の美女や!ヤバいわ!
――いやいやいやいや待て待て落ち着け!酔いが回ってきただけだ。こんなの幻想に決まってんのよ。今まで我慢してきたから、欲や煩悩が変な夢を見せてくれてるだけなのよ。
――いや、どうせ夢なら、美女の手、借りちゃおうかな!?色々なところに、借りちゃおうかな??ついでに身体も借りちゃおうか!グヘッ、グヘヘッ。
「あったりめーよ!!!手以外も貸してくれ!!!」
そう叫んだ後の事は、全く覚えていない。




