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ギブミーカフェイン!  作者: バケツロリータ
1箱目 A Strange Hero.
7/17

7本目 ヒーローの定義

 鉄を叩いて強度を上げる鍛造加工。その加工によって鍛え上げられた金属を、突き刺す事に特化させ、職人の手によって生産されたダガーナイフ。そんな殺傷のプロフェッショナルの塊と言える武器は、俺の拳を貫く事は出来なかった。


 本来なら対象の表面を喰い破り、鈍く輝く刃を潜り込ませる役目を果たす切っ先は、突き出した右の拳の、丁度中指の第三関節辺りの皮膚の上でピタリと止まっている。喰い破るどころか、皮膚に食い込むことも出来ない違和感に彼が気が付くのは、ナイフを突き立てた23秒後であった。


「ん?あれっ?」


 男の間抜けな声が地下道に響いた。ようやく違和感に気が付いた様子。真っ直ぐにピンっと伸ばし、力を込めた俺の腕がプルプル振れ始め、張り詰めた筋肉が痺れ始めていた。

 正直言って早く右腕を引っ込めたい。俺は何時まで腕を伸ばしていなきゃいけないのか。そろそろ引っ込めて良いですか先生。

 心なしか尿意も全力疾走で向かって来るのが分かる。早く決着つけてトイレ行きたい。先生トイレ!先生はトイレではありません!ごめんねトイレ先生。トイレは先生ではありません!

 そんな暇潰しなやり取りで、無駄な苛立ちを抑え込もうとしていた所で、ようやく変態ナイフ使いの彼がアクションを起こした。




「…せいっ。」




 戸惑いと好奇心と、その他諸々の感情が混ざった、気合いの無い掛け声と共に、すかさず両手でグッと力を込めて得物を押すというアクション。彼に『ナイフを引っ込める』選択は無かった様だ。

 そして、その選択が彼に恐怖を与えることになった。彼が、現在とんでもないモノと対峙していることに。


 男が無理やりと、柄を押し込んだ瞬間だった。擬音として表すとパキリパリパリ。文字だけ見るとフランスの首都で盛り上がってる様に見えるが、断じて違う。でもパリ行ってみたいかも。パッパパリパリィ↑↑↑


 脱線したね。話戻すね。


 何かに例えるなら「板チョコが割れる音」だ。これだ。今世紀一番しっくり来た。そんな音を立てて、ナイフの刀身に無数の線が走ると、切っ先から花びらが咲く様に、米国製のステンレス鋼の刀身が砕け散り、『ナイフ』という道具としての人生を終えた。


「へ!?」


 その光景を間近で見た男は、間の抜けた裏声を上げた。刀身が散り、グリップだけが残ったナイフが震えた手から滑り落ち、地下道を一瞬だけ賑やかにさせる。その音と共にゆっくりと後退した彼の表情は、不織布のマスク越しでも動揺しているのが分かった。


「得物、壊れちゃったね。」


 震える右腕を突き出したまま、俺は狼狽える男に声をかける。

 オプションの“薄気味悪い笑顔”付きで。無理もないよね。ステンレス鋼のナイフ粉々にするとかビビるよね。俺だったら腰抜かしちゃうね。ついでに尻餅ついちゃうね。おまけに小便も漏らしてやる。…って尿意を堪える今の状況では…。

 おしっこ…、そうだ、ママ、僕は、おしっこ、行きたいです。




 また脱線したね。話を戻すね。




 得物の大振りのダガーナイフを破壊された男は、怒りの感情を目の周りの筋肉に投影して睨みつけてきた。あのナイフが余程のお気に入りだったのだろう。目が般若面の様に歪んでいる。

 そんな彼は、般若顔のままズボンのポケットに乱暴に右手を突っ込み、金属の棒状のものを取り出した。そして、最小限の手首の動きで、振り回す様に『変形』させた。カシャンカシャンと小気味良い金属音を響かせて、器用に姿を変えたソレは、彼の殺意を表すように煌いたように見えた。


 昔の映画だったか。いや、アニメでも見た気がする。確か『バタフライナイフ』と言われている武器だ。折り畳みナイフの一種であり、柄が2つに分かれるのが特徴で、収納時は、分かれた柄が刀身に、上下から被さる様に収まる変わり物。

 個人的な考えだが、男子中学生に見せると喜びそうな武器ランキングの上位を常に占めてそうな武器だと個人的には思う。実際に、このナイフが少年達の間で人気となり、社会現象になった事もあるそうだ。もちろん“悪い意味で”社会現象になったそうじゃよ。おっほん。


「さてっと、貰った御礼は――」


 怒りに震える犯罪者を目前としながらも、俺は独り言を垂れ流しながら、右脚を前に出し、腰を落として構えた。顔は相手の眼球を見つめたまま。右腕を前に、左腕を後ろに回しながら、ゆっくりと突き出し――、


「きっちりと返してやるよぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!!!!」


 体中から溢れ出すエネルギーを右脚に込めると、見るからに不吉そうな薄暗いライムグリーンの煙が、霞の様に俺の周囲に漂い始める。


「ぐぅ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」


 犯罪者が一気に間合いを詰めて、先程の太刀筋で霞を切り裂きながら刃を突き出したが、今の俺には少しばかり遅く見えた。

 構えを解き、突き出された相手の右腕に左手の甲を添えて払い除け、そして「先程のお返し」とばかりに、隙の出来た腹部に右膝をめり込ませた。

 「がっ。」と、短いうめき声と共に、よろけて一歩下がった犯罪者の頭に、ダメ押しで霞を纏った左脚を用いた上段蹴りをお届けすると、フワリと犯罪者の身体が、ワイヤーで引っ張られた様に離れていき、冷たい地面に叩きつけられた。更に勢いの余りコンクリートの冷たい床を全身で堪能しながら、10m以上の距離を転がっていき、ようやく止まった。


「あうぅ…。ぐぅぅぅあぁぁ…!」


 顔を押さえながら、ふらふらの足で立ち上がった犯罪者が、唸り声と顔を上げて睨みつけてきた。

 真っ赤に染まった不織布のマスクが剥がれ落ちると、本来なら立派であっただろう、中央から見事に折れて曲がっている鷲鼻が露わになった。ポカンと開けた口や鼻から流れた赤黒い液体が無精髭で覆われた顎を伝い、無機質なコンクリートの床に小さな華を咲かせている。

 これで彼はめでたく『鼻の折れた犯罪者』となった。

 人によっては生々しく、そして痛々しい印象を受けるだろうが、俺には滑稽というか、とても面白おかしい光景であり、堪えきれずに吹き出していた。だっ、だって鼻血が、ブフフッ。ふへっへっへっ。


「なっ…、何がおかしいんだよぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 そんな反応を許せなかった『鼻の折れた犯罪者』が、地下道を壊す勢いで叫んだ。

 全く、自身の欲望に溺れた末の自業自得だというのに、何故そんなに怒っているのか。


「畜生ォ!!!ックソがぁ!どいつもこいつも馬鹿にしやがってぇぇぇ…。」


 侮辱された『鼻の折れた犯罪者』は、更に大声を上げて怒りを爆発させた。しかし、先程の蹴りが痛かったのだろう、顔面の痛みに耐えかねて膝をついて顔を抑え始めた。あくまで推測だが、折れたのは『鼻』だけではない。先程まで腹部をザクザクに刺され、カンフー映画の様な殴打をされていた腹いせに、少しばかり強めに蹴ったので、おそらく頬骨も折れているかもしれない。

 そう考えると少し悪い事をしてしまったな、と思ったが相手は犯罪者。『犯罪者だったら何やっても無問題』ってのが、俺のポリシーだったな☆


「そう興奮するなよぉー。」


 ふらつきながら、顔を抑えて悶絶する男に、俺は声を掛けながら、再度右脚に意識を集中させた。

 フワリと漂っていたライムグリーンの煙が、俺の意識に反応した様に揺らめくと、スニーカーを履いた右脚に絡みつく様に移動した。

 毎度思うけど、これはどういう現象なのか、自分でも理解できていない。前に興味本位で触ってみたが、霞を掴んでいる様で、不思議な感覚だったなと記憶している。もっと手応えがあるのかなー?なんて思っていたんだが。


「てめぇの歪んだ愛、たぁぁっぷりと返してやるよ!喜びな!」


 気色悪い煙が足の先まで"まわった"感覚に興奮を抑えつつ、俺は目の前の『鼻の折れた犯罪者』に啖呵を切ると、右脚に履いた980円のスニーカーで、冷たいコンクリートを蹴り出す。向かうは悶絶する犯罪者。足の動きに合わせて煙を揺らしては、走り幅跳びに挑む陸上選手の様な完璧なフォームで走り出した脚部を怪しく飾っていた。


「オルァァ!!!」


 『必殺技』の間合いに入ったところで、雄叫びを上げて両足で地面を踏み切る。その衝撃で床のコンクリートの表面に亀裂が走ったかと思うと、めくれ上がるように割れ、砕けたコンクリートの“ツブテ”が、俺を取り囲む様に四散する。


「……へっ?」


 鼻折犯罪者は気の抜けた声と共に、血まみれの顔の口をポカーンと開けて――。

 ってそうなるよね。そんな反応になるよね。コンクリートがめくれ上がるなんて、普通に考えたらヤバイよね。


「セイハァァァァァァァァァァ!!!!!」


 そして助走で確保した推進力を維持したまま、空中でクルンと前に1回転という、習得まで2年かかった芸当を繰り出すと、ライムグリーンに輝き出した右足を突き出し、叫び声と共に目標に突っ込んだ。

 さながら、『某日曜日の朝から活躍する仮面を被った二輪車乗りのヒーローが繰り出すキック』である。ちなみに空中で1回転を決めて蹴るのは、2000年に放映された、その名も――。

 ん?これ以上は著作権が怖い?分かった分かった。オーケーオーケーィ。では、説明はやめて話を続けるとしよう。

 さて、この『2000年に放映された某日曜日の朝から活躍する仮面を被った二輪車乗りのヒーローが繰り出すキック』に蹴られたら、どうなると思う?答えは簡単だ。





「アバァァァァァァァァァァァッ!!!!!」





 吹っ飛ぶ。4文字で表すと、大体こういう回答になる。でも分かりにくいから、もう少し詳しく書こう。

 突き出された右脚は、男の胴体に生々しい音を立ててめり込むと、輝き出した眩いライムグリーンの光と悲壮感漂う断末魔と共に、まっさらなコンクリートに磔の様に叩きつけられ、その場に倒れ込んだ。


 なかなかの衝撃だったのか、男が壁に叩きつけられた瞬間に、地下道のあちこちに溜まっていた砂埃が一斉に空間に舞い上がり、地上では車のクラクションのファンファーレの演奏が始まっていた。おそらく盗難防止警報が衝撃で作動したのだろう。

 おまけに何かが落ちる音も聞こえた。デカい塊が派手に転がっていく音も聞こえる。なんだろうな。怪我人が居ないと良いけど。


 りきみ過ぎたなと、キレイな3点着地を決めつつも、咳き込みながら左手で砂埃を払い反省していると、男のオレンジ色のジャケットが目に入った。衝撃でボロボロに破けたジャケットからは、中に縫い込まれていた薄い中綿と、暗いモスグリーンの裏地が見えていた。おそらく『リバーシブル』のジャケットで、犯行後に裏返して着用する事で、警察の目を逃れていたのだろう。

 変な所に知恵を使うと感心しつつ、俺はポケットからクシャクシャに潰れたタバコを取り出し、口にくわえた。


「な、何者だよぉ…。お前はよぉぉっ…。」


 くわえたタバコに火をつけようとした時だった。大の字になる様にうつ伏せで倒れ込んでいた男が、震える手を使って上体を起こしながら、か細い声で俺に疑問をぶつけてきた。


「何って…。俺は――」


 さて、どうしたものかと俺はここで返答に困った。いきなり火が大きくなるライターに、再び小さな悲鳴を上げながらも、煙を肺に満たしては、ゆっくりと吐き出しながら、少しばかり悩む。

 『ヒーローだ!』と返したいが、もう少し格好良く返答したい。でも「やっている事はヒーローなのか?」と問われると言葉に詰まってしまう。


 ひび割れてボロボロになったコンクリートの地下道。そして辺りにぶちまけられた血液と、粉々になった栄養ドリンクの小瓶。出血こそ止まっているが、腹部が黒く染まったズタボロのグレーのパーカー。そして目の前には、服が破けて裸に近い格好のオッサン。俺がやった事は、ヒーローとは無縁の活動だと、この現場を見渡せば一発で分かるだろう。主な動機も『小遣い稼ぎ』と『ムシャクシャしている』という犯罪者と紙一重である。


 でも襲われていた彼女を逃がす事に成功はした様で、無機質な地下道には犯罪者が2名、向かい合っているだけだった。

 だとしたら、今回ばかりは『ヒーロー』と名乗って良いのかもしれない。どんな形であれ、『命を救った』のだから。

 そう心の中で無理矢理結論を出すと、俺は足元を転がる赤い缶を拾い上げ、中に煙草の灰を落としては、相手の問いに答えた。

 恥ずかしながら、とあるヒーローのセリフを借りて。


「通りすがりのヒーローだ。覚えとけってんだタコナス。」

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