6本目 血塗れのボランティア
刃物で腹部を刺されると、どんな感覚が自分の身体に伝わるか知ってる?
俺は知っている。
異物を腹の皮の中へと、無理やりねじ込まれる違和感、そして刺されたところから着火して、傷口が燃え上がる様に熱くなる感覚。人によって受け取り方は様々らしいが、俺はそう感じている。
そして今、その感覚を受信している。
「んーぁあ゛痛い!痛゛ぁい!あ゛ー!死ぬ゛ー!」
この刺される痛みだけは、何時まで経っても慣れそうにない。激痛のあまり、懐に転がり込むように腹部を突き刺して来たオレンジ色の背中を、俺は絶叫しながら手でタップするが、刺したナイフを思いっきり上下に抉って、更に勢いよく引き抜きやがった。「いや抜くなら普通に抜けよ」と思いつつ、声にならない声で思わず絶叫しちゃう俺。いやはや、こんなにも痛いとは…。
「おぅ…ふ…ってぇぇ…」
刃物を引き抜かれ、ついつい悶絶の声を上げた俺は、そのまま後ろへ倒れた。同時に、咄嗟に傷口を抑えた左手の隙間から、真っ赤なケチャップが噴出し、相手のオレンジ色のジャケットに洒落た模様を描く。なんて斬新なデザインだろう。アウトドアブランドから販売されたら売れそうよね。モン○ルとかチャ○スとかさ。あ、コロ○ビアやマ○ートでも良いよね。と、そんな呑気な事を考えないと、すぐに視界が揺らいでしまう。下手したら気を失いそうである。嗚呼、痛い。
だが、今の俺にとっては、痛みと言うよりも快楽に近いかもしれない。久しぶりにエクスタシーをギンギンに感じる…、なんて強がってみたけど、やはり滅茶苦茶痛い。
とにかく今は、目の前の野郎に痛い目を見せなくては。しかし当の野郎は俺に対しての興味が薄れたのか、へたっと座り込んだ女性の方に歩き出していた。おい!!!刺したら終わりかよ!!!はームカつく。ひどくね?
でも、まあいいや。
さて、『お仕事』に戻ろう。
俺はアルミ缶を放り投げると、ジャージに忍ばせておいた茶色い小瓶の中身を、コッソリと飲み干して、背を向けた男に向けて声を出した。
「待ちな…。そこのオレンジ色のクソカス野郎…。」
うずくまる俺を置いて、獲物の捕食に向かおうとする男に声をかける。できる限り挑発的な言葉と、唸り声の様な低い声で。呼びかけに応じて足を止め、男が面倒そうに振り返る。
「人刺したら、“ごめんなさい”だろうが…!」
俺は言葉を投げかけ、パーカーのフードをゆっくりと、しかし勿体ぶるように意識して取る。そして現れるのは、血管が無数に浮き出た顔。前にカツアゲやっていたチンピラに「うわぁプレ○ター!」と指を差されて絶叫されたが、この瞬間が正直楽しみである。さてどうなるか…。
おおっ、マスク越しだが想定通りの怯える顔、今日も頂きましたぁ!化物のような顔が相手の視界に入ったのか、マスクで覆われた男の目が段々と恐怖を感じた目に変わっていった。
「ちゃんとよぉ、クリーニング代も払ってくれんだよな…?」
ゆらりと立ち上がりながら言葉をかけた俺は、怯えて腰が引けている野郎に満面の笑みを送る。もちろんいつもより数倍酷い顔で。
大抵の場合、これで戦意喪失する輩が多く、武器を捨てて逃げたり、土下座して命乞いをする奴まで居た。その為最近では『戦わずして勝つ』パターンが多かった。
「う、ゔゔっ!!!」
しかしながら今回対峙した彼は、無駄に勇気のある男であった様だ。俺の笑みに合わせて、軽くパニック状態の相手は、うめき声を上げて血の垂れたナイフの切っ先を下げて“突進”。
一見すると、パニックでも起こしたのかと思ったが、パニック状態の割には、その太刀筋は――と言うと語弊があるかもしれないが――扱いが慣れている玄人なのでは?と、素人目で思った。
「おっぼぉぉぉぉぉ!!!」
刃先を上手く相手の視界から消し、一気に間合いを詰められた故に、回避が遅れた。
反射的に変な声を出して、気味が悪い痛みに耐える。脇腹には相手の刀身が深くめり込んでいる。
腹部の不快感に耐えきれず、深々と刺さった相手の得物を握ろうとしたが、すかさず腹部に蹴りを入れながら、身体に潜り込んだ刀身を乱暴に引き抜き、俺に追撃を与える。またしても尋常な量のケチャップが飛び散り、コンクリートの床を汚した。
本当に痛い。2回刺されるのは久しぶりだった為に、新しく出来た傷を押さえながら後ろへ2歩3歩と下がり膝をつく。2回も腹部を刺したのは、相手も同じく初めてのだったみたいだ。その証拠に、目玉が先程よりもイキイキしている。しかも心なしか相手のズボンがまるでテントの様に…ゲフンゲフンゲホゲホッッッ!!!これ以上書くと対象年齢上がっちゃうね。
だが相手も“ヤる気”になったらしい。そうとなれば、戦争だ!決闘だ!そっちがその気ならば、こちらも全力で相手してやる。歓迎しよう、盛大にな。
体制を立て直し、ファイティングポーズをとった俺は、早速左足を前に踏み出し――
「っしゃぁおらぁぁぁぁ!!!!!」
渾身の力をベーシックな右ストレートに乗せ、男の脇腹にシュートした。しかし相手に見切られたのか、とっさに刃物を投げ捨て、空になった右手でストレートを払われると、脚部から頭部を舐め回すように殴打された。
効果音を付けるなら『ドドドドドドドドドドドドッ!!!!!』。何かに例えるならば、カンフー映画でジ○ット・リーが敵に華麗な連撃を叩き込むような殴打。カウントすると合計48発の連続コンボ。格闘ゲームなら必殺技ゲージが溜まって必殺技をポンポン放てるだろう。いやアーケードゲームならば、何もできない相手がブチ切れて怒鳴り込んで、胸倉を掴んでリアルファイトが始まりそうだ。
そんなエキサイティングなカンフー攻撃を浴びた俺は、まともに反撃に出ることも赦されず、49発目の上段回し蹴りでシュートされ、2回バウンドしてコンクリートの上を転がる。
「っくぅ…。」
あーとても痛い。冷たいコンクリートに寝転がりながら、刺突と殴打でボロボロになった己の腹部を腕で抑えて悶絶する。こんなヒーローまがいな事をしている割には、俺は格闘技をやった事が一度もない。故にこういった『格闘術の心得』がある輩には滅法弱い。俺も習おうかな。少林寺拳法。
なんて事を考えてる内に、相手が間合いを詰めると同時に、俺の顔面にフリーキックの追撃を仕掛けてきた。が、俺の頭部がサッカーボールになる寸前で上体を起こして回避する。
「っぶねぇ!!!」
思わず飛び出た言葉と共に、起こした上体を勢い良く戻し、反動を活かしてバク宙の要領で立ち上がると、隙が出来た後ろ向きの相手に右ストレートを入れる。
相手も分かっていた様だった。相手も振り向きながら、腰に携えたシースからダガーナイフを引き抜くと、俺の右手に向けて突き出す。どうやら彼が持つナイフの中で、一番の得物の様だ。
金属音と共に、拳と刃がぶつかり合い、一時の静寂が俺達を包んだ。




