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十六話

これでおしまい。




 たとえば貞操危ういところを救ってもらっただとか、不良らしからぬ優しい一面を見ただとか、そんなものは一切なかった。

 冠城賢治。

 Fクラスに在籍する彼が恐らくは煙草を吸いに屋上へ向かう横顔を見た時、心臓跳ねる音とともに強く思ったのだ。

 絶対こいつ落とそう。

 今まで何人と経験があるかは知らないが、そんなものはどうでもいい。これからは自分一人が賢治を独占して身も心も蕩けさせてやんよ! と気合をいれた。

 しかし、正しく一目惚れ段階では名前も知らず、まずは相手を観察するところから始まった。

 クラスを知って、名前を知って、素行を知って、成績を知って、嗜好を知って、家族構成を知って、世帯年収を知って、出産時の体重を知って、あれやこれ。

 一番肝心な恋愛対象の好みは念入りに。表面上は誰も彼もバラバラだったが血眼になって共通点を探したのが懐かしい。

 しかし、装うだけでは意味がない。それでは同じような人物が現れたとき、そちらへ行ってしまう可能性がある。

 土日の休日程度なら滅多に帰らない実家へ顔を出し、母親へと相談した。


「あん? 惚れた相手を落とすにゃどうするって? んなもん決まってんだろ、最終的にはこれだよ、これ」


 握った拳、中指と人差し指の間から親指を突き出す母親の豪快さには、実の息子といえども惚れ惚れしてしまう。


「変わらないものも大事だけど、好きなひとのために自分を変えるのも有りだと思うよ」


 はにかみ笑顔で母親を見つめる父親が、外では厳格な人物として広まっていると知った時の衝撃は忘れられない。

 両親の仲はすこぶるいい。理想の夫婦だ。目指すべき関係と断言できる。

 具体的な助言も貰ったことだし、と意気揚々と学園へ戻り、いよいよ賢治に接触したときは胸が踊った。

 屋上でふたりきり、いつひん剥いてやろうかと思いながら距離を詰め、基本中の基本である胃袋掴むことも忘れない。

 賢治は不良とは思えないほどひとが好く、ノリが良く、正直言って何度その場で押し倒してやろうと思ったことか。数えるのもばかばかしい。

 それでも懸命に健気に一途に賢治の気を引いて、クラスへお邪魔したり、風紀委員長の鈴谷を利用して外堀を埋める準備も万端に。

 しかし、なんということでしょう。

 賢治には隙間を埋めていくよりド直球のほうが効果的だったようなのです。

 風呂上がりの濡れ髪というベタなところに反応されて、こりゃもう積極的に色目使うしかねえわと方針を修正。

 見事に引っかかってくれた時は心のなかで大喝采だったが、考えようによっては他所でもお色気ねーちゃんにコロリとやられる可能性があると思い当たり、母親の助言へ徹底的に従った。他の奴相手じゃイケない勃たない興奮しない完璧自分仕様にするつもりだが、流石に時間がかかるだろう。もちろん、手を抜くつもりはない。手で抜くこともさせない。

 祝福されるべき未来の夫妻、現在の恋人同士。初めての共同作業を終えて仲良く手を繋ぎながら登校すれば心地いいほどの視線が四方八方から飛んでくる。仕込みの甲斐があるというもので、鈴谷が「や、やっぱり」などと呟くものだから聞きつけた生徒が次第を訊きに殺到している。その内に賢治がクラスまで送ってくれたときのことも思い出され、これで賢治の恋人が誰であるか、その関係が昨日今日ではないと拡散されるだろう。

 賢治を狙っていたかもしれない奴らもスペックの差で諦めるなら良し。だが、愛しあうふたりを身の程知らずにも引き裂こうという輩がいるなら積極的に殴り返しにいく所存だ。とりあえず、先手でビデオレターでも贈ればいいだろう。賢治がどれだけ恋人を愛しているかがよく分かるビデオレターをな!

 関係が周知されてしまえばもう遠慮はいらない。きゃあきゃあ男子校らしからぬ声を上げてつきまとっていた連中は所詮ミーハーで、ひとのものになった相手には興味が長く続かない。ほんとうに相手を想っている奴は後で祝福してくれた。

 教室が離れているのが寂しいが、昼休みになればもう堂々とFクラスへ向かえる。賢治は煙草が吸いたいだろうからそのまま屋上へ移動するが、少しでも長く一緒にいたいといういじらしい思いを汲んで欲しい。

 そう言ったら賢治は自分が迎えに行くから来るなと言った。ひとりでFクラス周辺を歩くなという賢治に大変胸がときめく。心配もあるだろうが、きっと独占欲だってあるはずだ。希望は捨てない。

 恋人という関係になれて願いが全て叶ったかと言えば、そんなことはまるでない。

 人間は欲深いのだ。

 賢治にはもっともっと惚れられたいし、好きになってもらいたい。

 そのためならばできることはなんでもしよう。


「だから、思う存分愛し合おうじゃないか」


 昨日朝までやったばかり? 知らないなあ。

 引きずり込んで押し倒した寮のベッドの上、遠い目をする賢治も大好きだ。

 一目惚れをした日から今日まで毎日毎分毎秒賢治が好きになる。


「会長、少し落ち着きませんかねえ……?」

「おいおい、いつまで会長と呼ぶ気だ。拗ねるぞ」


 ぼそりと呟かれた名前ににんまり笑う。


「もうお嫁にいけない……」

「安心しろ、一生俺の婿だ」


 愛しているぞ、賢治。

 絶対に逃さないからな!

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