第六十三話 四人の悪魔
「魔法使い、ペンズ・ミルネバによってこの精神の世界からエルバム様の暮らしている世界へ転移した悪魔は、合わせて四人います。」
アリスはレイの反応を待たず、そう続けた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。頭の中が整理できていないんだ。
ミルネバさんが悪魔だったなんて……。
それに、四人?
ジンさん……じゃなくてダルメアとミルネバさんの二人じゃないの?」
「いいえ。四人です。
それも、魔法に秀でた悪魔族の中でも飛び抜けた魔力を持っていた四人です。
ミルネバとダルメアを除いた、後二人の悪魔は、エルバム様もよくご存じの方です。」
よくご存じの方……
レイは混乱する頭を、必死に働かせ考えた。
自分の身近にいるという、その二人の人物について。
だが、いくら考えたところで、レイにはその人物が思い当たらなかった。
「だめだ、アリス。僕には分からないよ。
一体、残りの二人は誰なんだ?」
レイがそう訊ねると、アリスはゆっくりと目を閉じた。
そして、瞼の奥に書かれた文章を読むかのごとく、すらすらと話し始めた。
「悪魔族から派遣された四人の魔法使い。
一人は悪魔族で唯一、世界と世界を結ぶ魔法を使える者。ペンズ・ミルネバ
一人は斬撃系の魔法を使えば、比肩するもの無しと謳われた、魔法戦闘の名手。アクラ・ダルメア
そして、残る二人。
一人は国一つ滅ぼす爆発を起こす力を持つ、悪魔族最強の人間破壊兵器。マリア・ナルア
そして、派遣組のリーダーを務めた男。
悪魔族始まって以来、最高の魔法使い。史上初めて生まれた五芒星の魔法使い。ジン・エルバム」
「マリア……ジン……?
ちょっと待って、その二人が僕のよく知る人物ってどういうことさ。
僕は、知らないよそんな人!」
アリスの告げた名前を聞き、レイは怯えたようにそう叫んだ。
まるで、聞いてはならないことを聞いてしまったかのように。
そんなレイを見ても、アリスは冷静だった。
狼狽するレイをなだめるように、ただ静かに首を横に振った。
「いいえ、エルバム様は知っているのです。」
「知らないって言ってるだろ!
それに、僕の名前は、レイ・エルバレムだ!エルバムじゃない!」
「いいえ!あなたはエルバム様です。
何故なら……」
「聞きたくない!」
アリスの言葉を妨害するように、レイは叫んだ。
だが、アリスもその声に負けないほどの声で、否が応でもレイの耳に届く声でこう言った。
「あなたの父親こそが派遣組のリーダー、ジン・エルバムなのですから!」
アリスがそこまで言うと、レイの瞼から涙がこぼれた。
♦♦♦♦♦
レイとハルは身よりのない子供だった。
二人の育ての親、マリアによると、ある日赤サソリの玄関に生まれて間もないハルをおんぶした、幼いレイが立っていたそうだ。
レイは建物から顔を出したマリアを見つめると、背中のハルをマリアに預けたそうだ。
レイは、ハルから手を離すと自らの役割を終えたように地面に倒れたそうだ。
そうだ、そうだと言うのには訳がある。
実は、レイもハルもこの時のことを全く覚えていなかったのだ。
いや、覚えていないのはこの時だけではなかった。
赤サソリにくる前どこで暮らしていたのか、どうやってイサカ村までやってきたのか、他に家族はいるのか……。
マリアが何を訊ねても何も答えなかったという。
他の村人達も、レイとハルを知らなかった。
イサカ村は周囲を山で囲まれ、取り残された寂しい村。そこに、四歳にも満たない子供が赤ん坊を担いでやってくるのは、不可能だった。
だが、二人を連れてきた大人を見かけた者も居ない。
散々考えた挙げ句、マリアは二人が神様からの贈り物だと考えることにした。
独り身で子供の居なかったマリアへの贈り物だと。
以後十余年、マリアは二人を本当の家族のように育て上げた。
♦♦♦♦♦
レイは、マリアにそう聞いていた。そして、信じていた。
だが、今のアリスの話しが本当なら。
「さっきアリスが言ってたもう一人の悪魔、マリア・ナルアっていうのは……」
「エルバム様の育ての親、赤サソリの女店主のことです。」
アリスは、その質問が来ることを知っていたように、すぐに答えた。
レイの微かな望みを断ち切るように。
「それじゃあ、僕は騙されていたって事なのか?
ダルメアに、マリアさんに、父親に……。
アリス、もう僕、何がなんだか分からなくなっちゃったよ。
教えてくれ、僕の敵は誰だ?」
レイは泣きながらそう訊ねた。
レイの目から溢れた涙は、しっとりとアリスの太股を濡らす。
アリスはそんな事気にせず、レイの目尻から流れる涙の筋を拭き取り、こう言った。
「それはもちろん、あなたを傷つけた者達です。」
その言葉を聞くと、レイはギュッと目を閉じ自分の手でゴシゴシと目元を拭った。
そして、真上にあるアリスの顔にこう宣言した。
「僕はアステカを倒す。
そして、全ての真相を自分の手で掴む。
今の僕には、どっちが本当のことか分からないから、僕のやり方でそれを見つけようと思う。
それで、いいかな?」
「はい。」
レイの顔の上で、満面の笑みが浮かんでいた。




