第四十六話 背中の痛みと女の子
ミクルの顔には、背中の痛みよりも、いきなり攻撃されたことに対する驚きの色が大きく現れた。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ……。」
背中の攻撃が、肺に達したのか、ミクルは陸に上がった魚のように口を動かし、空気を求めた。
腕の中の女の子は、いきなり現れた男と、痛みにもがくミクルを怯えた目で見比べた。
「おや?まだ息があるのか。
痛みを感じる前に殺してあげるつもりだったのに、無駄に強靭な身体をしているな。」
男は、さして驚いていない様子でそう言った。
つり上がったその右口角から、男は苦しがるミクルを見て面白がっているようだ。
「だ、大丈夫?」
女の子は苦しそうにするミクルにそう訊ねた。なんて応えるかなんて分かりきっているのに。
「大丈夫だよ。おめぇはなんにも心配しなくていい。」
ミクルはやはりそう答えた。
さっきまで拘束され、震えていた彼女にミクルが弱い姿を見せるはずがない。
ミクルは、精一杯のやせ我慢を見せた。
そんな二人を、後ろに立っている男は嘲笑った。
「おや?ネズミのくせに人様の言葉を話すのか。
これは珍しい、剥製にでもするかな。」
「ふざけるな、誰がおめぇなんかに殺されるかよ。」
ミクルは振り返ってそう言った。だか、それが虚勢なのは一目瞭然だった。
ミクルの言葉を聞いて、男は眉をひそめた。
「おや?なにか言ったかい?
お前はこの状況を分かっているのかな?
今現在、貴様の額には杖が突きつけられている。それも、ただの杖などではない。
ライムベル親兵魔法騎士隊15小隊隊長補佐であり二芒星の魔法使い、ジョン・ジョンバルト様の杖なのだぞ。」
男は、自慢げに、誇らしげに、自惚れたように、そう名乗った。
その瞬間、男に隙ができたのをミクルは見逃さなかった。
「肩書きがなげぇんだよ!」
ミクルはそう叫ぶと、渾身の力でジョンバルトの胸に頭突きを喰らわせた。
「う゛っ」
ジョンバルトは、突然の反撃に、なんの受け身もとれないまま飛ばされた。
「っ……。
今だ、急げ。」
ミクルは頭突きの衝撃で激痛が走る背中に顔をしかめながら、女の子の手を引いて走った。
ミクルにはもう、女の子を背負って走る力がなかった。
「は、はい。」
女の子もそれを察したのか、感覚が戻りかけた足で懸命にミクルについて行った。
(レイ、合図はまだか?)
背中の大量出血で意識が飛びそうになりながら、ミクルはレイが合図するのを願った。
レイがハルを見つけさえすれば、後はメイルを使って逃げるだけだ。
お婆さんの元に返れば、背中の傷くらいすぐに治してくれる事だろう。
「おや?私としたことが油断しましたね。
窮鼠猫を噛むとは、まさにこのことだ。
このまま横になっているのも楽で良いのだが、このまま逃げられると私の気持ちが収まらない。
ここはネズミ取りといきますかね。」
必死に走る二人の後ろで、倒れていたジョンバルトが立ち上がった。
そして、ゆっくりの右手を二人に向けた。
その手には当然、先ほどミクルの背中に大きな傷を負わせた杖が握られている。
ジョンバルトは、その杖を小さく振った。
「ダクト」
……その瞬間、三階の表側の壁が吹き飛んだ!
ジョンバルトの魔法により吹き飛ばされた本部の破片と二人の少年少女は、失速しないまま本部から見て一番左の建物に突っ込んだ。
その建物こそが、レイのいた監獄だったのだ。




