第四十四話 ミクルの場合
ここで一旦、スポットライトを当てる相手をレイからミクルに変えようと思う。
レイと分かれてから、ミクルの身に何が起きたのか……。
物語はレイとミクルが分かれたところまで遡る。
レイと分かれたミクルはまず、ライムベル親兵基地の周りにある塀に沿って、騒然とした本部の裏手に回った。
ライムベル親兵基地は、南側に三棟の監獄があり、中央部には大きめの広場がある。そして、その奥、北側に本部と宿舎が建っている。
レイとミクルは、ライムベル親兵基地の南端に侵入していた。
ミクルは、東側の塀づたいに移動した。
その頃には、浮き足立った親兵達も冷静さを取り戻し、慌ただしく動き始めていた。
ミクルは、侵入者が居ることに気が付かれたのかと疑ったが、そうではなかった。
どうやら、アステカによる襲撃と勘違いしているようだ。レイがダクトを乱射したことが、良いように作用していた。
親兵達の様子を見ていると、殆どが本部に取り残された親兵の救出作業に当たっている。
(これ以上親兵が増えると厄介だな)
ミクルはそう思っていた。
それもそのはず、このイーストテッドのライムベル親兵の兵力は一万人を上回っているのだ。
今広場に居るのが約五百人。街をパトロールしているであろう親兵が約三千人。本部に閉じこめられている親兵が六千人強……。
どうにか、五百人の内に救出を終えたいものだ。
そうこうしている内に、ミクルは本部の裏手に着いた。
本部の裏では、赤レンガのがっしりとした壁に、苔が蔓延りじめじめしていた。
ミクルは一階の窓からそっと中を覗いた。
ミクルが覗いた先は、廃屋と言う言葉が似合う有り様だった。奥の方に階段の残骸だと思われる木片が散乱している。
(一階は、まぁ大丈夫だな)
ミクルは一階の様子を確認すると、排水口のパイプ伝いに本部の壁を上りだした。
長年風雨にさらされ、苔むし、じめじめとしたそのパイプはとても滑りやすかった。しかしミクルは、指に巻き付けたいくつもの輪ゴムのおかけで難なく上ることができた。
二階の窓まで来ると、ミクルはそっと体を捻り部屋の中を覗いた。
もしこの場面を外から見た人がいたなら、ミクルのことを趣味の悪い覗き魔と勘違いしていただろう。
だって、慌てふためく男達を覗きたいと思う人なんて、多分いないだろうから。
ミクルが覗いた先では、赤い制服を着た男達が、まるで女王アリを失った働きアリのように、目的なく歩き回っていた。
二階程度の高さなら、飛び降りることくらい出来そうなものだが、親兵達はそれに気付いていない。
(頭にまで筋肉が侵攻してるのか?)
ミクルはそんな風に思った。
二階は、ミクルが見た限り心配なさそうだったので、三階に向かうことにした。
「え!なんで?」
三階に着き、中を覗いたミクルは思わず声を上げてしまった。
五階建ての本部の、丁度真ん中に当たる三階には、驚いたことに一人の親兵も無かった。
ミクルの頭の上から人の話す声が聞こえるので、四、五階には人が居るのだろう。
三階だけ無人という不思議な状況に、ミクルは戸惑っていた。
が、ミクルにとっては好都合だ。
ミクルは、ポケットからU字型の道具を取り出した。一見、磁石のようにも見える。
「U字移石。
確か物体移動魔法のマジックアイテムだったよな。
よし、鍵よ開け!」
ミクルがそう言うと、窓からカチャッという小さな音が聞こえた。
「お、ホントに開くんだ。
それじゃあ、ついでに窓も開け。」
ミクルは、窓の鍵が開いたことを確認すると、次は窓自体にU字移石を使った。
が、窓は五cm程動いただけで止まってしまった。
「なんだよ、これだけしか動かせないのか。
ばぁちゃんめ、こんな中途半端なマジックアイテム渡しやがって!」
U字移石の能力が思いの外しょぼかったため、ミクルは不満そうに言った。
そして、仕方なく残りは自分で開けて本部に入った。
本部の中は、ひんやりした空気で満ちていた。
上と下からは声が聞こえている。が、このフロアからは物音が一つも聞こえてこない。
ミクルは、輪ゴムを構えたままゆっくりと廊下を進んでいく。
本部の廊下は、T字型になっている。
レイとミクルが攻撃した正面が、Tの頭の横棒の部分だ。
そして、ミクルが侵入した窓がTの縦棒のお尻の部分だ。
廊下にはずらっと扉が列んでいる。
ミクルは、一番近くの扉に近づいた。
すると、扉に文字が書いてあるのを見つけた。
「取り調べ室……。」
ミクルは、その文字を口に出して言った。
ライムベル親兵基地の取り調べ室。それはつまり拷問室だと言うことだ。
ミクルはドアノブを回してみた。
(鍵は開いてる)
U字移石を使う必要がないと分かり、ミクルはゆっくりと扉を開けた。
するとミクルの目に信じられない光景が飛び込んできた。
壁に、無数の血痕が飛び散っていたのだ。




