第四十三話 レイの場合
(ど、どうしよぉ~~)
レイは困り果てていた。
ここでもし親兵に不審に思われ、仲間でも呼ばれたら計画が台無しになってしまう。
計画を無事に成功させるためには、レイが侵入者だと気付かれる前に親兵を倒さなければならない。
「あ、ああ今日は気分が良くてねアハハハ……。」
とりあえず、レイは鼻をつまんでできるだけ低くした声で応えた。
「ん?なんだかいつもと声が違わないか?」
レイの声を聞いて親兵が首をかしげた。
「そ、そうかなぁ?
それより、他の奴らはどこだ?」
レイは気付かれるのを恐れて、早口でそう言った。
「他の奴って何のことだ?ここには俺だけだぞ。お前、本当に変じゃ、ぐふっ!」
親兵はそこまで言うと、呻き声を上げて倒れた。
監獄にいるのが一人だと分かった途端、レイが魔法で気絶させたのだった。
(他に敵が居なくて、本当によかった)
レイはもう一度、ホッと胸を撫で下ろした。
レイが倒した親兵は、二十代くらいの若い男性で、腰に鍵の束をぶら下げていた。
レイはそれを見つけると、すっと親兵の腰から抜き取った。
(後は、ハルの捕まってる牢屋を見つけるだけだな)
レイは、看守を倒したことで、もうハルを助けた気になって監獄の中を探した。
ライムベル親兵基地の監獄は、縦長の建物だ。100m程の通路が真ん中に通っており、その丁度間に休憩所へと続く階段があった。
通路の両側には、等間隔に鉄の扉が付いている。
レイは、鉄の扉の上部についている小窓で牢屋の中を覗きながら右の通路を進み出した。
急がなければならないという焦る心と、見落としがないようにしないという慎重な心がぶつかり、レイはもどかしい思いで通路を歩いていた。
牢屋は、人が居るところと居ないのとが丁度半々くらいだ。
牢屋は暗い上、人がいても毛布にくるまっていたりするので、見にくいことこの上ない。
レイが牢屋を覗いても、囚人達は興味なさげに少し首をあげるだけで、殆どが無関心に虚ろな目で見つめるだけだ。
たまに、親兵の制服を着ていないレイを見て驚いたような顔をする人もいるが、それはごく少数だ。
レイは、ゆっくり、しかし急いで通路を進んでいく……が、ハルの姿はなかなか見つからない。
そうこうしている内に、レイは一番右端の牢屋まで来てしまった。
結局、一番右端のにもハルの姿はなく、レイは仕方なく階段のところまで戻り、左側の通路を探し出した。
監獄の通路はシンと静まり返っている。
レイの耳に入ってくる音は、レイ自身が出す吐息と毛布が床を擦る微かな音、そしてドクンドクンと脈打つ自らの心音だけだった。
この監獄自体、殆どが地下にあるため外の音が聞こえてこないのだ。そのため、レイはミクルが今どういう状況なのか全く知ることは出来なかった。
左側の監獄には、人気が全くと言っていいほど無かった。
右側の監獄には、生気のない虚ろな目をした女性が十数人はいた。
しかし、左側には、人はおろか牢屋の中に人の居た形跡が無いのだ。毛布がなく、蜘蛛が我が物顔で巣を張り、トイレは吐き気を催すほど汚れていた。
まるで、数年間放置されているかのように……。
通路を進につれて、レイの顔に焦りの色が浮かんできた。
もし…、もしここの通路の突き当たりまで行ってもハルの姿がなかったら……。
そんな不安がレイの心に広がり、沈んで、積もっていく。
そして、そんなレイの不安は当たってしまう。
最後の部屋にもハルの姿は無かったのだ。
人探針盤の指したライムベル親兵基地で、最もハルのいる可能性が高いと思われたこの監獄にハルは居なかったのである。
運命は、どうしようもなく残酷に、そして、不平等に15歳の少年の肩にのしかかるのだった。
「どうして、どうしてなんだよ?
なんでいないんだよハル!
うぅぅぅ……、どこにいるんだよ、僕はどこに行けばいいんだよ!!」
レイは糸が切れた人形のように、魂の抜かれたデイルのように、その場に崩れ落ち、泣き崩れた。
レイの目には、世界が歪み、全てがどうでもいいものに見えてきた。
涙がとめどなく溢れるその目は、あの強いものでは決してなく、弱々しいくすんだ物に成り下がっていた。
そんな弱々しいレイの後ろで、いきなり爆音がした。"外の音が聞こえないこの監獄"で爆音がしたのだ。
つまり、レイがさっき見て回った右側の通路で爆発があったのだ。
「うわっ…。」
あまりに突然の出来事に、レイは爆風にあおられて転がった。
体制を立て直し、目からこぼれ落ちていた涙を拭って顔を上げたレイの目には、信じられない光景が移り込んだ。
監獄の右側がきれいさっぱり吹き飛び、そこから光が漏れていたのだ。
しかし、レイが驚いたのはそこではない。なんと、監獄があった場所に、血だらけの人間が二人倒れていたのだ。




