第三十九話 適量を考えて
「お前さんは今、黒魔煙を暴走させているんじゃよ。」
お婆さんは、レイの持つ杖を見てそう言った。その声は、レイとは対照的に冷静だ。
「こ、こ、こ、これ、どうなってるんですか?」
レイはこの通り、焦りまくっている。
「落ち着くんだよ。落ち着いて魔法を解くんだ。」
「は、はい。」
レイはそう答えて、杖をまた小さく振った。すると、さっきまでふわふわと羽のように浮かんでいた正方形の物体が、支えを失って呆気なく床に落ちた。
すると、さっきまでレイの杖から溢れ出ていた黒魔煙がピタッと止まった。
「これは一体?」
そう言ったレイの額には汗が浮かんでいる。
そんなレイにお婆さんは、静かに話し出した。
「それは、黒魔煙の暴走さ。魔力の保有量が多い未熟な魔法使いによく見られる現象だよ。
魔法使いは、杖に魔力を流し込むことで魔法を発動させている。さっき私が見せたように、黒魔煙が杖に絡みついている状態が無駄なく魔法を使えている状態だよ。
お前さんがさっき使った魔法は、無駄だらけだったんだ。あんな風にむやみやたらに黒魔煙を溢れさせていたらすぐに魔力が底をついてしまうんだよ。」
「じゃあ、どうすれば?」
「簡単なこと、ではないよ。
なんせ、魔力を操ることだからね。魔力を放出するだけとは訳が違う。だけど、それが出来るようになれば、魔法は格段に強くなるし魔力の消費も押さえられる。」
「どうやったら、そんな風に出来るんですか?」
レイは少し喰い気味に尋ねた。
魔法が強くなると言われて、レイの目には期待の色が輝いている。
「いいかい、物には適量と言うものがある。
温かい紅茶には一つの角砂糖とスプーン二杯のミルクが適量なようにな。
魔法にも、同じ事が言える。たかだか小さなものを浮かせるくらいの魔法に、角砂糖が五つも六つも必要無いんじゃよ。」
お婆さんが、そう説明しても、レイの頭の上にはまだハテナが浮かんでいる。
「まったく、要領の悪い子だね。こんな子が弟子じゃアイツも大変だったじゃろうね。」
「要領が悪くてすいませんね。
申し訳ありませんが僕にも分かるように説明して頂けませんか!」
要領が悪い、と言う言葉にカチンときたレイは、怒ってそう言った。
「そんな風に言わなくても、説明くらいしてあげるよ。
魔法には、それぞれ適量の魔力があるって事はさっき説明したね?」
「…はい。」
説明はしてもらったが、イマイチ理解できていないレイの反応は良くない。しかし、また要領が悪いと言われたくなかったレイは、小さな声で肯定した。
その、レイの返事を聞いてお婆さんは話し出した。
「私が見たところ、さっきお前さんが使った魔力は、発動した魔法に対して明らかに多い!
いいかい、魔法をコップだと考えてみるんだ。魔力は、それに注がれる水だ。コップに水を一杯になるまで注いだ時、魔法は発動する。
しかし、お前さんは、コップから水を溢れかえらせているんだよ。コップはとっくに満ちているのに水を注ぎ続けてるんだ。」
レイは愕然とした。
身近なことに例えられたことで、お婆さんの言わんとする事が理解できた。理解できたことで愕然とした。
満ちきったコップに更に水を注ぐとどうなるか?そんなのは分かりきっている。溢れるのだ。コップの縁から次々と注いだ分だけ、次々と。
つまり、さっきレイが溢れ出させた黒魔煙は、その縁から溢れ出した水と同じと言うことだ。
「そんな、じゃあ僕は今までそんな無駄な事をしてたんですか?」
「まぁ、そういうことだね。
だけど、落ち込む事じゃないよ。それが普通のことさ。みんな見えないだけで黒魔煙を垂れ流している。
お前さんは、それが見えるようになっただけさ。見えるってことは知ったってことさ。つまり、これから変えることが出来るんだよ。」
お婆さんは、落ち込んだレイを慰めるようにそう言った。
「見えなければ話にならない、そうだろ?生き物というのは大概、視覚を重要視するものさ。視覚があるのと無いのとでは雲泥のさなのさ。
勿論、生まれつき目が見えない人なんかは例外だよ。だけど、お前さんは生まれつき目が見える人さ。生まれつき目が見える人は、どうしても、どうしようもなく目に頼ってしまうんだよ。」
お婆さんは、両手で目を塞いでそう言った。
確かにそうだ、レイも聴覚や嗅覚なんかより視覚を使うことの方が多い。
さっきまでの修行も、視覚に頼ってしまった結果あんなにも時間をかけてしまったのだ。
視覚を使う資格
レイはなんとなく、そんな事を思い浮かべた。
別に掛けてるつもりも、笑わすつもりもない。ただ、思い浮かべた。
なんとなく、お婆さんの言っている意味が理解できたのだった。
理解できたから、また新たな疑問が出てきた。
「でも、どうすれば?
見えるようになったからって、そんなに簡単に魔力のコントロールが出来るわけでもないんでしょ?」
「ああそうさ、簡単なことではない。
ただし、そんなに難しいことでもないよ。
お前さんなら、コップに注いでいた水が溢れたらどうする?」
お婆さんは、レイの問を肯定してから、そう問い返した。
レイは、その問いを殆ど時間を開けずに返した。だって、その問いの答えは至極当たり前のことだったのだから。
「そんなの、注ぐのを止めるに決まってるじゃないですか。」




