第三十三話 ハルはどこに…
「なるほど、セリエーヌとの戦いの際に妹と別れて今まで消息が不明だったと。」
お婆さんは確認するように言った。
たった今レイがイーストテッドに着いてからの顛末を説明し終えたところだった。
混乱したレイの説明なので、所々話が飛んだりして要領を得てなかった。それでもお婆さんは理解できたようだ。
「おめぇなんでそんな大事なこと今まで黙ってたんだよ。その気になりゃ昨日のうちにハルちゃんを探す事くらい出来たんだぞ。」
「昨日は疲れてたし…、魔力も減ってたし、まさかマジックアイテムが有るなんて思ってもみなかったし。」
「今は過ぎたことを話しても仕方がないよ。これからの話をしようじゃないかい。
レイそんな辛気臭い顔するんじゃないよ。私の家に臭いが付いちまう。
ミクル、レイを責めるんじゃないよ。昨日大変だったことくらいお前も分かってるでしょ。」
レイを責めるような口調のミクルと、ちっちゃくなって落ち込んでいるレイにお婆さんが言った。
「"命が危険"っていう表示がでた以上、お前さんの妹に危機が迫っているのはまず間違いない。もしかしたらもうその危機に巻き込まれているかもしれない。でもここで私たちが慌てたっていい事は一つもないよ。まず落ち着くことだ。
深呼吸しな、大きく。」
レイはコクンと頷いた。なんだか小さな子供のようだ。
「よし。吸ってぇ吐いて~、吸ってぇ吐いて~、吸ってぇ吐いて~…。」
レイはお婆さんの声にあわせて大きく深呼吸をした。何度かするうちに青ざめていたレイの顔に赤色が戻ってきた。
「あ、ありがとうございます。もう大丈夫です。」
止めないと延々に深呼吸を続ける勢いだったので、レイはお婆さんを止めた。
「そうかい、それじゃあこれからの話しをしようかね。」
そう言うとお婆さんは一枚の紙を取り出した。どうやらデイルが持ってきたようだ。
お婆さんはそれを机に広げた。
「これはなんですか?」
「イーストテッドの地図だよ。」
レイの問いに答えたのはミクルだった。
「そう、これはこの街の地図さ。私の家はこの街の東の端にある。」
そういってお婆さんは杖で紙の端を指した。この家は本当に街の端の端にあるらしい。
「そして人探針盤が指した方角がこっちだ。」
お婆さんは杖を地図の真ん中へ滑らした。驚いたことに杖の通った後には黒い線が引かれている。定規を使ったのかと疑うくらい真っ直ぐな線だった。
お婆さんは地図の端まで線を引き終えると杖をしまった。
「お前さんの妹がこの街を出ていないとすると、必ずこの延長線上にいるって事になる。」
「厄介だな。」
お婆さんが引いた線を見てミクルが言った。その目は一点をじっと見ている。
「どういうこと?」
レイが尋ねるとミクルは先ほどから見ていた施設を指差した。
「この線上で一番怪しいのはここだよ。」
そこにはレイムベル親兵基地の文字があった。
「ここって、僕らが捕まってた…。」
「そう、昨日俺達が逃げ出した場所だ。
ハルちゃんが居るのはここで間違いないだろな、なぁ婆ちゃん。」
「十中八九そうだろうね。」
お婆さんもミクルの意見に同意のようだ。顔がかなり険しくなっている。
「ハルちゃんが今どういう状況かは、分からねぇな。
捕まったときに怪我をしたのか、捕まって何かやられたのか。もし拷問を受けてたとしたらやべぇ。」
「拷問って、そんな…。」
「ミクル、こんな時にレイが不安になるようなこと言うんじゃないよ。」
ミクルのことはお婆さんが叱ってくれたが、レイの頭の中では拷問という言葉がくるくると回っていた。
レイの心には不安しかなかった。
しかし、逆にその言葉がレイを決意させるきっかけにもなった。
レイは一度目を閉じ頭を整理すると、ゆっくりと目を開けた。
「僕、助けにいきます。」
その言葉を聞いてミクルは目を丸くした。お婆さんはやれやれという表情だ。
「助けるっておめぇ正気か?
俺達はそこから逃げるだけで苦労したんだぞ。第一、おめぇは一回セリエーヌに負けてるんだぞ勝てるわけねぇよ。」
案の定、ミクルは反論してきた。しかし、レイの決意はそんなことでは微塵も揺るがなかった。
「確かにそうかもしれない。だけどそれが何だって言うだ?
そんなことは、家族を見捨てる理由にはならない!」
「うっ。」
レイの今までにない気迫にミクルは圧倒されたようだ。
レイは、ミクルがもう何も言い返さないので、お婆さんの方を向いた。
「一晩泊めていただきありがとうございました。このご恩は忘れません。
僕にはどうしてもやらなくちゃいけないことがあるんでもう行きます。これ以上お婆さんとミクルには迷惑を掛けるつもりはありません。」
レイの言葉をお婆さんは無言で聞いていた。
レイはそれだけ言うとクルリと反転して玄関の方へと歩き出した。
「おい、レイ待てよ。
俺もついて行く、おめぇ一人で行っても無駄死にするだけだ。」
背中からミクルの声が聞こえるがレイは歩みを止めない。
レイが玄関の扉に手をかけ開けようとした、そのとき。
「待つんだよ。」
そう言ったのはお婆さんだった。
だが違った。
確かにお婆さんだと分かるのだが、声が全く違う。
あの明るく、豪快で、いつも笑っているような声ではなく、低く深みのある、畏怖を感じるような声だった。




