第二十七話 それぞれの夜
「うわぁぁぁぁぁ。」
そう叫び声を上げたのはどちらだっただろうか。それも分からないくらい二人は動揺していた。
「ご、ご、ごめんなさい。ちょ、ちょっとトイレの場所を聞きたかっただけなんです。
ま、まさかここがお、お風呂だとは思わなくて。」
レイは言葉をつっかえながらしどろもどろに言った。目線はどこに合わせればいいのか分からず空中をさまよっている。
時々、まだ水滴のついている胸や太股などに目がいってしまうと慌てて戻した。
「あ、トイレならその左の扉です。」
女の子は自分の左側にある扉を指さした。
「こ、これはご丁寧にありがとうございます。」
レイは女の子の指差す先を見ると、まるで不器用な操り人形のようにぎこちない足取りでトイレに入った。
「レイに裸見られちゃった。」
オレンジの髪をした女の子はそう呟くと、顔を真っ赤にさせてバスルームに戻った。
レイが用を足して廊下に出ると、さっきの女の子の姿はもうどこにもなかった。
(あれはなんだったんだろう。)
さっきの出来事をレイは、幻のように感じていた。
だって、さっきの女の子の顔は、
「ペンズ卿の娘と同じだったよな。」
レイはなぜかもう一度バスルームの扉を開けて中を確認する気になれず、自分が寝るべき部屋へ戻った。
考えたいこと、考えないといけないこと、心配なこと、不安なこと、その他諸々が頭を中を渦巻いていたがとりあえず寝ることにした。
それがただの現実逃避にしかならないことぐらい分かっているが、朝になれば何かが分かるそんなに気がしていた。
レイは今度は目を閉じるとすぐに眠りについた。
レイが寝ついて数分後、バスルームの扉が開いた。
そこには清潔感ある真っ白な服に着替えたミクルが立っていた。その後ろのバスルームに人の気配は無い。
ミクルはレイが寝ている部屋を無言で見つめると向かいの扉をノックした。
「おはいり。」
すると、中からお婆さんの声が返ってきた。ミクルはそれを聞くとドアノブを回した。レイのように電流に悶絶することなく。
「なんだ、まだそんな格好してるのかい。
いい加減元に戻した方がいいんじゃないのかい。」
部屋に入ってきたミクルを見てお婆さんが目を細めていった。
この部屋は書斎のようになっており真ん中に大きなデスクがあり、周りには大量の本が散乱していた。
どうやらこの家は大半が散らかっているようだ。
「しかたないよ、レイが居るんだから。少なくともレイが出て行くまではこの格好じゃないと。」
ミクルは扉を閉めながら言った。そして部屋の脇から小さな椅子を持ってきて、それに座った。
「そうかい、私はお前の本当の姿の方が好きだけどね。」
ミクルはしみじみと言うと、手元の紙に目を落とした。
「なんなの、それ。」
「これかい?これは昔の教え子からの手紙だよ。まったく自分勝手なところは20年以上経っても変わってないんだから。」
「なんて書いてあるの。」
「なんのことはないただの近況さ。」
ミクルの問にお婆さんは曖昧に答えた。
お婆さんは手紙をデスクの引き出しにしまうとミクルに向き直った。
「それよりも、大事なことがあるだろ。
お前が捕まってたってことはアレを盗むのは失敗だったんだね?」
「うん。
もう少しってところまでいったんだけどアレを仕舞ってた引き出しがマジックアイテムだったんだ。
引き出し開けた瞬間、警報がピーピーピーピー鳴り響くんだよ、焦ったのなんのって。」
「笑い事じゃないでしょ。
お前が捕まったら打つ手がなくなることぐらい分かってるよね。」
「う、分かってるって。だからこうして脱走してきたんじゃないか。」
責めるような口調になったお婆さんに、ミクルが拗ねたように弁明した。
「まぁそのことはこの際置いておくとするよ。
それよりもお前に聞きたいことがある。」
「さっきもそんなこと言ってたけど、アレのこと以外で聞きたい事ってなんだよ。」
「お前の連れてきたレイっていうガキだよ。
あいつ魔法使いだよね?」
「うん、そうだよ。
っていうか婆ちゃんもさっき、レイに魔力がどうこう言ってたじゃんか。」
「まぁこんな商売してると誰にどれぐらいの魔力が眠っているのか大体分かっちゃうんだよ。
ただ、さっきはなぜかよく感じ取れなくてね、鎌を掛けたんだけど別に特別な反応があるわけでもないしさ。だからちょっと確かめたくてね。」
「ふ~ん、そうなんだ。それなら間違いないよ、レイが魔法使うところ、俺見たからさ。」
「そうかい、じゃああの感覚は…。」
お婆さんはそう言うと黙ってしまった。
「ん、どうしたんだよ。」
「いや、なんでもないよ。考えすぎだよ。歳をとると、なんでも不安になっちゃうんだよ。困ったことにね。
それより、私の用件は済んだから次はお前の番だよ。何か聞きたいことがあるんだろ?」
お婆さんは、ふぅと一つため息を付くとそう言った。
「うん、そうだよ、そうなんだよ。俺もレイの事なんだけどさ。」
「惚れたのかい。」
「違うよ。なんで俺がレイに惚れなきゃならないのさ。この格好の時に、そう言う冗談やめてよ。真剣な雰囲気がなくなっちゃうじゃないか。」
「良いじゃないかい、孫をからかうのが私の一番の生きがいなんだよ。この先幾ばくもない年寄りの楽しみ取るんじゃないよ。」
「まったく婆ちゃんは…。」
ミクルはイライラしたように頭を掻いた。せっかくシャワーを浴びてきれいに整った髪がまた乱れてしまった。
「惚れたんじゃないなら、なんだい?」
お婆さんはそんなミクルを気にもとめず、何事もなかったかのように話しを戻した。
ミクルもこれ以上不毛な会話を続けたくないのか、髪を掻く手を止めた。
「婆ちゃんって、マジックアイテムの仲介人だよね?」
「ああそうだよ。」
「婆ちゃんって魔法使いなんだよね?」
「ああもちろん。」
「魔法使いって、杖を使って魔法を発動させるよね。」
「ああそうだよ。召還図を用いる場合なんかもあるけど殆どの魔法はこれを使うよ。」
お婆さんはそう言うと引き出しから30cm程の木の杖を取り出した。
見た目は、レイやミクル、ジンのものとそっくりだ。
「じゃあさ、魔力を帯びてない杖で魔法を使うことはできる?」
「……。」
ミクルの言葉を聞いて、お婆さんはミクルの目を見たまま、固まったように動かなくなってしまった。
「婆ちゃん、どうしたんだよ。」
ミクルが心配したように見つめた。するとお婆さんはゆっくりと目を閉じ、目を閉じたまま口を開いた。
「もしかしたら、かなりやっかいなことになってしまったかもしれない。」
ミクルがその言葉の意味を知るのは、もう少し先だった。




