第二十六話 お婆さんの家にて
建物の中を一言で表すと"奇妙"だ。
天井や床には幾何学的な模様が描かれている。壁にはびっしりと棚が並べられており、それぞれの棚には見たことの無いような器具や瓶詰めされた生き物などが並べられている。
そんな部屋の真ん中に大きな机と高そうな皮の椅子が置いてあった。机の上は羽ペンや書類、インクなどが所狭しと並んでいる。
すこし古くさい変な匂いもする。
ミクルのお婆さんはその部屋を抜け、奥にある部屋に進んでいった。ミクルとレイはそれに続く。
「誰だ?」
レイは誰かに見られているような視線を感じて部屋を見渡した。しかし、三人以外この部屋に人が居るわけもなく、レイの目線は部屋をさまよっただけだった。
「レイどうしたんだ。」
いきなり部屋を見回しだしたレイに、ミクルが驚いたように言った。
「あ、いや気のせいだよ。多分疲れてただけ、うわっ。」
レイは慌てて首を振って言うと何かにつまづいた。足元を見ると何もない。
(何もないのにつまづくとなんて、本当に疲れてるな)
レイがそんなことを考えていると、先頭を歩いていたお婆さんがマグカップを二つ持って歩いてきた。
「そんなところで何しとるんじゃ?
ほれ、暖かい飲みもの淹れたから飲みなさい。」
そう言って二人に手渡したマグカップには、琥珀色の何とも言えない落ち着く色合いの液体が入っていた。手にとると、じんわりとした温もりが皮膚に移った。とても甘い匂いがしている。
「あ、ありがとうございます。いただきます。」
レイはそう言って、一口啜った。そのとたん身体の奥からジーンと熱くなった。甘いのだが、香辛料のような香が鼻から抜け、顔が火照ったように暖かくなった。
かっちかちに固まっていた身体がほぐされたように柔らかくなり、疲れが身体から抜け落ちるように引いていった。
「おいしい。」
レイが発した言葉はそれだけだった。だがその言葉の奥にはもっと深い感動が感じ取れた。
「そうだろう、そうだろ。」
ミクルのお婆さんは、嬉しそうに何度か頷いた。
「これは私がブレンドした特製ホットミルクさ。とにかく疲労回復に効果があって、一杯飲めば疲れなんかみんな吹っ飛んじまう。」
お婆さんの言う通り、あれだけ疲れていたはずのレイの身体がこのホットミルクを飲むたびに元気を取り戻していっている。
レイは半分くらい飲むと残りを一気に飲み干した。身体はポカポカとして疲れもほとんど消えていた。
「スゴいです。僕こんなにおいしくて温まる飲み物初めて飲みました。」
「そりゃそうだろう。このホットミルクは私にしか作れないからね。
ただ、このホットミルクにも回復出来ない物がある。それは魔力だよ。あんたみたいな魔法使いは体力が回復しただけじゃ全快とはいかない。この奥の廊下の右側の部屋にベットがあるから少し休みなさい。」
お婆さんはそう言うと、奥の部屋のさらに奥にある扉を指さした。どうやらこの建物は縦長な造りなようだ。
一番はじめにあった部屋、お婆さんがマグカップを持ってきた部屋、そしてその奥に廊下が続いているのだろう。
「分かりました。それじゃあお言葉に甘えて寝させてもらいます。」
レイはそう言うと頭を一回下げて奥の部屋へと歩き出した。
レイの後ろでまたミクルとお婆さんが話し出した。内容は分からないがお婆さんがミクルに何かを訊ねているようだ。疲れはとれていたが、眠気はまだ残っていたのでレイは二人のことを気にせず廊下に出た。
廊下には五つの扉があった。
左右に二つづつと正面に一つだ。
レイはその内の右手前の部屋に入った。
その部屋は、半分が倉庫のような感じで、さっき見た奇妙な器具が所狭しと置いてあった。
そんな中にぽつんとベットが一つ置いてあった。
レイはそのベットに崩れるように倒れ込むと静かに目を閉じた。
「婆ちゃん、話したいことがあるんだけど。」
レイが扉を閉めるのを待ってミクルが話を切り出した。
「そうかい、私もお前に聞かなきゃならないことがある。」
お婆さんは、レイの出て行った扉を見つめながらそう言った。
「だけどその前に、それを脱いでシャワーを浴びてくるんだね。
そんな汚い格好で私の家を汚さないでちょうだい。」
「あ、そうだレイがいたから忘れてたよ。
分かった、じゃあシャワー浴びたら戻ってくるから。」
ミクルはそう言うとレイが出て行った廊下の左奥にある部屋に入った。
どうやらそこがバスルームのようだ。
ミクルはバスルームに入ると鍵を閉めシャワーを浴びだした。
レイの目がパチッと開くといきなりムクッと起き上がった。
まだベットに入ってまだいくばくも経っていない。寝付きが良いレイにとって、一度ベットに入って寝付かずに起き出すのは珍しい。
(トイレに行きたい。)
レイはそう思うと辺りを見回した。
そういえば長らくトイレに行っていなかった。
レイはベットを降りると周りにある物(ガラクタにしか見えない)を踏まないように気をつけながら扉まで歩いていくと廊下に出た。そしてさっきまで三人で話していた部屋に戻り、トイレの場所を聞こうとした。だがそれは出来なかった。
そこには、ミクルもお婆さんも居なかったのだ。
「ミクル?お婆さん?」
レイが発した声は部屋の暗がりに吸い込まれて誰にも届かなかったようだ。
この部屋には人気が全くなかった。
レイは少し気にはなったが、尿意の方が強くレイに訴えかけてきたのでひとまず自分でトイレを探すことにした。
レイは廊下に出るとすぐ左にある部屋の扉を開けた。
その部屋は、レイの使っている部屋とほとんど同じだった。奇妙な器具が溢れている。ベットはなかったが。
「物置か。」
レイはそう呟くと扉を閉め次は右奥にある部屋の扉に手をかけた。するとチクッとした痛みが指を襲った。
「うわっ。」
レイは、慌てて手を引っ込めた。危うく漏らすところだった。
どうやらこの扉のドアノブには電気が流れているようだ。
「なんなんだよ、もう。」
レイはこの部屋の扉を開けるのを諦め、その正面の部屋を向いた。
廊下の左奥の部屋だ。
(今度は大丈夫だよな……。)
そう思いながらレイは恐る恐るドアノブに触れた。どうやら電気は流れていないようだ。が、今度は鍵がかかっていた。
「誰か入ってるんですか。すいませんトイレはどこですか。」
レイのはそんなことを言いながらドアを強く叩いた。
すると中からガチャっと、鍵が開く音がして扉が開いた。
「お婆ちゃんうるさいよ。シャワーぐらいゆっくり浴びさせてよね。」
そう言って出てきたのは、大きなタオルを身体に巻き、頬を赤く染まらせ、オレンジの髪の毛をハンドタオルでふいている…女の子だった!




