第二十三話 闇夜の脱走劇
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。」
スキンヘッドの大柄な親兵は、獣のような叫び声上げると左肩に手を当てた。いや、左肩があった場所に手を当てた、といった方が正しい。
親兵の綺麗に剃られた頭からは脂汗がみるみる内に溢れ出した。
まるで蝋人形のごとく、親兵の腕は簡単に弾き飛ばされた。
「ミ、ミクル君はいったい何者なんだ。なんで輪ゴムでこんな事を。」
レイは腕をなくした親兵とミクルを交互に見ながら言った。
「俺はただの貧しいこそ泥さ。」
そう自慢げに言ったミクルの髪の毛が、心なしかまたオレンジに変わっていた。
「そんな事よりそこのおめぇ、俺の実力は分かっただろ、大人しくレイを放さないとアイツみたいになるぜ。」
ミクルは、いまだにレイの腕を掴んで放さないセリエーヌに向き直ると、輪ゴムを構えて言った。
「ふんっ、どんな手を使ったかは分からんがその貧相な武器は、なかなか危険なようだな。
あいにく私は今、ロクな装備もしていない。ここはひとまず貴様らを見逃すしか無いようだな。」
セリエーヌはそう言うと、あっさりレイの腕を放した。
レイは慌ててセリエーヌから離れ、ミクルの横まで下がった。
「どういうことだ、あんたがこんなに簡単に僕達を見逃すなんて。」
レイは、自分の右手が解放されたのが信じられないという顔をして言った。
「ふんっ、そんなの簡単なことだ。貴様と初めて会ったときにも言っただろ、本当に力のある物は勝てない戦いをしない者のことだ。
勝てないのに、無駄な戦いを挑むのは常に弱者のする事なのだよ。」
レイはセリエーヌがそう言ったのを聞いて、何故か背筋が寒くなった。今のセリエーヌは確かに剣をもっておらず万全な状態ではない。その姿でも、レイは恐怖を覚えた。
(早く逃げないと殺される)
直感がレイにそう告げていた。
「そですか、じゃあお言葉に甘えて逃げさせて貰いますよ。
もう二度と会うことは無いでしょうけどね。」
そう早口に言い放つと、レイは乱暴にミクルの腕を掴んだ。
「メイル」
レイは塀の上に見える山めがけてメイル(移動魔法)を発動させた。
一瞬にして二人の少年は、ライムベル親兵基地から街外れの山に移動したのだった。
「いや、貴様はもう一度必ず私の前に現れる。そしてその時が貴様の最期だ。」
騒ぎに気付き、続々と集まってきた親兵の中でセリエーヌが一人呟いた。
セリエーヌがそう言ったとき、レイとミクルは、山のほぼ頂上の、大きな木の下にいた。
突然の移動に、ミクルが驚いたように辺りを見回した。
「嘘だろ、なんであんなもので魔法が使えるんだ。こんな事聞いたことが無いよ。」
ミクルは何か分からないことがあるのか頭を抱えている。
ぼそぼそと何かを呟いているようだが、横にいるレイにも聞こえなかった。もし、耳を澄ませたなら聞こえたかもしれない。しかし、今のレイはセリエーヌに対する恐怖で動くことが出来なかった。レイは、治まらない身体の震えを押さえるように、両手で自分を抱くような格好なってしゃがみ込んでしまった。
脱獄が成功したというのに、二人の間に喜びの言葉はなく長い沈黙が流れた。
山に移動してから数十分は経っただろうか。レイは肩を叩かれたのに気付き振り返った。そこには当然ミクルの姿があった。頭の色がさっきより鮮やかなオレンジに変わっている気がする。
「レイ、脱獄を手伝ってくれてどうもありがとう。俺は今から行かねぇといけねぇ所があるんだ。もしよかったらレイも一緒に来ないか?一度あって欲しい人がいるんだよ。」(確かめたいこともあるし。)
ミクルはレイが振り向くとこう言った。最後の一言は心の中だけで呟いた。
「あ、うん。こちらこそありがとう。ミクルが居ないと今ここには居れなかったよ。
それと、僕からもお願いしようと思ってたんだけど、出来ればミクルの行くところに連れて行ってくれないかな?実を言うと僕今一文無しなんだよね。
あるのはこの杖だけ。」
レイはこう言うと、杖を手に取った。
ミクルは、何故かその杖を悪いものでも見るような目で見た。まるで、なにか善からぬ物ででもあるかのように…。
「じゃあ良かった。ついてきてくれるんだな。」
ミクルは、その視線を隠し何事もなかったかのように言った。
「うん、ついて行くよ。それで一つ質問なんだけど、ミクルの行きたい所ってどこなの?」
レイは、ミクルの怪しげな視線に気づかず話を進めていく。
「そっかまだ言ってなかったな、俺が行きたいのは、俺の婆ちゃんの家なんだ。」
「お婆さんの家?」
「そう、詳しいことは着いてから言うけど、実は俺婆ちゃんに頼まなきゃいけねぇことがあるんだ。」
ミクルは、何故か伏し目でそう言った。何かありそうだがレイはその事よりも、気になっていることがあった。
「分かった。
それで、その…。ミクルのお婆さんは、ホームレスだったりする?」
このことだった。
ミクルの姿を見る限り、ちゃんとした家系では無いような気がしていたのだ。
「レイ…。おめぇって結構失礼なんだな。」
「そうかな?ミクルほどでは無いと思うけど。」
「そうかよ、まあ良い俺の格好みれば、そう思うのも当然だろうしな。
でも安心しな、婆ちゃんちはちゃんとしてるからさ。」
ミクルは、自分の服を見ながらそう言った。自分の身なりの悪さは自覚しているようだ。
(それを自覚した上で僕の服を変って言ったのか。)
レイはそんなミクルをみて、牢屋での出来事を思い出していた。
少し文句を言おうとしたが、不毛なことだと思いなおし、
「そっか、変なことを聞いて悪かったね。」
と、謝るだけにした。思い返してみるとさっきの質問はいささか失礼すぎた。
「いいよ、気にしてないから。
そうと決まれば急ごう、早く行かないとちょっとマズいんだ。」
ミクルは、そう言うと歩き出した。レイが言ったことは全く気にしていないようだった。




