第九話 レイの決断
「はぁ、仕方ないな。」
溜め息とともにそう呟いたのはレイだった。
ライムズ通信に、ノミシア市の記事が出てから二日たっていた。新たな事件のニュースは入ってきていない。アステカと国王軍との間で睨み合いが続いているらしい。
窓際に座って宿の下を過ぎる人を眺めていたハルが、びっくりしたように振り返った。
レイは部屋のほぼ中央に立ち、ハルを真っ直ぐ見つめている。その顔はここ数日のどんよりと暗いものではなく、開き直ったような晴れやかな表情をしていた。
「レイちゃん、どうしたの急に。」
ハルは首を傾げている。兄の様子の変化に驚いているのだ。
「色々考えたんだけどさ、俺達がするべきことは一つしか無いなと思ってさ。」
レイのその口調は、事件前のそれに戻っていた。
「するべきことって?」
ハルはまだ、レイが何を言おうとしているのか分かっていないようだ。
椅子から立ち上がりレイに一歩近づいた。
レイは一度目を閉じ、ゆっくりと開いてからこう続けた。
「師匠の尻拭いは、弟子がするもんだよ。
ジンは今道を踏み外している、ダメな師匠だけど僕らの師匠だ。俺達で、ジンの目を覚まさせてやろう。」
ハルは目を見開いてレイを見つめた。
「でも、そんな、無理だよ。
ジンさんの強さはレイちゃんも知ってるでしょ。それに今は国王軍に勝っちゃうくらいの軍隊を率いてるんだよ、できっこないよ。」
ハルは、レイの肩を持ち揺さぶりながら言った。レイの気が狂ったのかと思っているのだろう。
だがレイは正気だった。自分の肩に置かれたハルの手を取るとゆっくりと下ろした。
「確かに今は無理かもしれない、だけどこれからもっと強くなればいいじゃないか。
師匠を越えるのは弟子の使命だ。」
レイの目は強く、熱い思いに燃えている。
「ほんとうに、レイちゃんのそういうところジンさんにそっくりだよね。」
ハルは苦笑いしてレイを見た。
しょうがないな、とレイにも聞こえないくらい小さく呟くとレイの目を見つめ返した。
「ぷっ、アハハハハハハハハ…。」
真剣な顔をしたお互いの顔がおかしかったのか、二人は同時に吹き出し笑い転げた。
さっきまで張りつめていた言いようのない緊張から解き放たれた安堵の現れかもしれない。
「でもさ、止めるって言っても具体的にどうするの。
ノミシアまでは遠いし、今は内乱状態だから簡単には行けないでしょ。」
しばらく笑い落ち着いたのか、ハルは目尻に浮かんだ涙を拭いながらレイに聞いた。
「取りあえず首都のライムズ市まで行こうと思う。どの道国王の元に行かなきゃいけないからな。詳しいことはそこで決めようと思ってる。
都会に行けば、ここじゃ思いつかないようなことも思いつくかもしれないしな。」
そう言うと、レイは召集礼状をハルに見せた。
爆発で赤サソリの部屋が飛ばされたので、レイに残っているのはこの紙と杖だけだった。
この宿はタカネ村からの支援金で借りている。数着の服や生活に必要なものなども、タカネ村から支援してもらっている。
レイとハルは、あの爆発で多くの物を失っていた。
「分かった、ライムズ市に行くんだね。
でも、ライムズ市も遠くない?」
ハルの顔には疑問が浮かんでいる。
タカネ村とライムズ市の距離を案じているようだ。
それもそのはず、ライムズ王国は東西に長く伸びた大国で、ライムズ市はそのほぼ中央に位置している。
それに対して、レイ達が今滞在しているタカネ村はライムズ王国の東の端にある村だ。
ノミシア市に行くほど遠くないにしても、歩きなら数ヶ月単位の時間がかかる。
「レイちゃんがメイル(移動魔法)を使ったとしても一週間はかかるよね。
私がついて行くなら、もっと時間がかかるよ。」
ハルは、もう一度レイに尋ねた。
自分が足手まといになるのではという心配がハルの頭の中に広がっているようだ。
「別にいいよ。確かに早く行きたいっていう思いはあるけど、急いでいっても僕たちが成長する訳じゃないだろ。
それなら、ゆっくりいろんな場所を見て回って旅をした方がいいと思うんだ。」
レイはそう言ってハルの頭に手を乗せた。
「別にハルが一緒だから魔法を使わない訳じゃない、だから変な気を使わなくていいからね。」
「うん…。」
ハルは少し顔を赤くして大きく一つ頷いた。
「そうと決まれば善は急げだ、準備を整えて出発するぞ。」
レイはハルの頭をポンと叩くと、足早に部屋から出ていった。
「うん!」
部屋を出ようとするレイの背中に、さっきより大きくて明るい、ハルの返事が届いた。
そして、レイを追いかけてハルも部屋を飛び出した。
とても久しぶりな二人そろっての買い物だった。




