お台場でイケメン経営コンサル?とデート?
カフェづくり、少しずつ現実に近づく。見本市はプロ意識を確かめる良い場。
第17話 徹の判断基準
徹はコーヒーマシンのブースに紫晶を連れていく。
「さあ、紫晶さんが良いと思う商品をみつけてください」
「は、はい」
(やっぱり頼らせてくれない……)
彼は紫晶がまずいときにはストップをかけてくれるが、頼らせてはくれないのだとわかった。
(コンサル料も払っていないのに、頼ろうなんて、なんてずうずうしい……)
と自分で突っ込みを入れる。
営業員が機器のそばで説明をする。
「1日200人のお客様を想定しているお店用でございますね。
こちらの商品は最新型で、自動清浄装置がついています。こちらは、冷たくてもミルクの泡を立てられるコールドフォームの機能があって……」
ふむふむと説明を聞く。
「この最新機器ですと、抽出状態を自動監視して、挽き目や粉量を自動補正します。ほとんどおまかせでおいしいコーヒーができます。1日のキャパは500杯となります」
「うわ~、すごいですね?! で、お値段は?」
「こちら、138万円となります。展示会価格でお値引きできますよ」
「えっ?!」
価格を聞くと魂が抜けだしそうな気がする。
(で、でも! 欲しい……)
欲望が出てくると、魂が戻ってくる。
「あの……いかほどになりますか?」
遠慮がちに聞いてみた。
「はい。ええと……」
担当員は電卓をたたく。
「こちらで」
(110万円……)
また魂が抜けた。
後ろで見ていた徹が近づく。
一番端の小さなマシンを指さして、「こちらのスペックは?」
と営業員に尋ねた。
「こちらの機器は標準の機種でございます。1日200杯程度までですね。シンプルな機能ですが、マルチボイラー搭載ですので、混雑時にも抽出とスチームを安定して連続処理できます。お値段は70万円。展示会価格で……59万円でございます」
「ふ~ん」
徹は考えるポーズをしながら、鋭い目で機器をあれこれ眺める。
そして、いくつかのパンフレットをもらって、「今日は下見ですので」と引き揚げた。
少し遅い時間にランチを取ることになり、ふたりはレストランに入る。トレイに好きな皿を取っていく方式で、約束通り、レジで紫晶が徹の分も払って、席に着いた。
「今日はありがとうございます。すごく勉強になっています。あの、本当は……コンサル料、お支払いしないといけないですよね……」
紫晶は遠慮がちに言う。
「ふふっ。いいんですよ。僕も勉強になっていますから。ランチをおごっていただいたので、これで十分です。いただきます」
徹はそう言って微笑んだ。
紫晶が壁際のソファーに座り、徹は壁のほうを向いている。徹はサングラスを外して、食事を始める。
「まあ、まだ店舗が決まっていませんからね。今日は下見です。店舗が決まらないと、マシンをどう置くか、給水、排水はどうするかなどわからないことがありますからね」
「そうですね……」
少し元気がない。
「どうしましたか? ちょっと元気がないですね」
徹はそんな紫晶が少し気になる。
「お店を出すって、こんなに大変なんですね。認識が甘かったです」
そう言ってうつむく。
「まあ、それがわかったんだから、一歩進みましたよ」
「そうですか?」
顔を上げて徹を見ると、彼は微笑んでいた。
「ええ。人任せじゃ、こういうことも覚えないでしょ? お金がぎりぎりだからこそ、頭を使って、何を優先すべきかを考えなければいけません」
「そうですね」
本当にそうだと思った。お金を5000万円持っていたら、きっと丸ごと業者に任せただろう。それでは、こんな勉強はできなかったのだ。
「マシン、それぞれスペックが違うから、計算してみないといけませんね。1日500杯は、明らかにオーバースペックですよ。150あれば十分ですね。
それから、全自動タイプにすれば、バイトでも十分においしいコーヒーができます。そしたら、バリスタを雇うよりも人件費は少なくて済みます。
自動洗浄機能があれば、毎日20分くらいの人件費が不要になります。時給1500円だとすると500円。1年間300日で計算すると……15万円。かなり大きいですよ」
「なるほど……。つまり、目の前にある価格だけじゃなくて、1年を通してどれだけ経費が節約できるかを見るんですね」
「そういうことです。経費が節約できれば、その分元が取れますからね。
あとは、メンテナンスサービスを聞かないとね。故障の時にはすぐに来てくれるのか、代替機を貸してくれるのか。故障率より、故障したとき何時間で復旧できるかのほうが重要な場合もあります。3日止まったら、機械の価格差なんて飛びますからね」
「なるほど……わかりました」
(はあ……。やっぱり、この人、相当なプロなんだ……。彼から見たら、私ってただの子供……)
カフェで働いているからアドバンテージがあると思っていた。しかし、本当は何も学んでいなかったのだ。
紫晶はまだ元気が出なかった。自分の実態が見えてしまって、その自分に失望していた。
第18話 お台場デートコース
そんな様子を見て、徹が提案する。
「あと、ここをちょっとだけ回ったら、少しお台場を散歩しませんか? 紫晶さん、ここは初めてなんでしょう?」
「え? はい。初めてです」
「広い歩行者用の大通りを歩いて行くと、東京テレポートのほうにガンダムがいるんです」
「えっ? ガンダムがいる?」
(ガンダムがある……じゃなくて?)
紫晶は聞き間違いかと思った。
「僕、それ、見に行きたいんですけど……つきあってくれませんか?」
徹が言った。
紫晶はびっくりして目を見開く。
知的な徹がガンダムを見たいと言うとは、思いもしなかった。
「ガンダム、お好きなんですか?」
「アハハ。男はいつまでも子供なもんで」
そう言って、徹は照れ笑いをした。
「お台場に来てガンダムを見ずに帰るなんてそんな失礼な、いや、もったいないことは……。あそこには自由の女神もありますし、結構眺めのいいところなんですよ」
「わかりました。ぜひ連れて行ってください」
紫晶は少し元気が出た。
徹のギャップが激しくて、思わず笑える。
(あのマンションの部屋には、ガンダムグッズがあるのかも)
そんな空想をしてみる。
こうして、紫晶と徹は東京テレポートに向かって、緑道を歩き出す。
徹は帽子をかぶっていたが、もうサングラスは外していた。
12月だが、暖かい日で、歩くには心地が良い。
紫晶は「見本市にはスニーカーを履いてくるように」と徹に言われていたので、足元が楽だ。いくらでも歩ける。
「ここ、気持ちいいですね」
「ええ。いいところでしょう? 最初、ここに住もうかと思いましたけど……」
徹はお台場のタワーマンションを指さす。
「あのアパートのデザインがあまりにもディストピア映画に出てきそうで……やめました」
「えっ?!」
それは、屋上が王冠のように見える2つのタワーマンションだ。ニューヨークにありそうなデザインだ。
「おもしろい判断基準ですね……」
徹とカフェ開業以外の話題で話したことがないことに気づいた。
(こんなにおもしろい人だったのか……)
笑いがこみあげてくる。
クスクス笑っていると、徹が不思議がる。
「何か、変ですか?」
「はい。変だと思います。いつもカフェの話しかしなかったから気づきませんでしたけど……」
自分が変だと気づいていないのが、余計におかしくなる。
「ほかにもおもしろいところ、隠してませんか? 話してください」
「いや、隠しているつもりはないんですけど……」
徹は少し首を傾けた。
「お台場をやめて、目黒のタワーマンションにしたのはなぜですか?」
紫晶が質問を始めた。
「やっぱり、山手線のほうがいいかな、というのと……。うちのアパート、秘密基地みたいでしょ? 入り口が隠し扉みたいになっていて、初めて来たとき、どれが入り口だかわからなかったんですよ。壁に立っていると思ったら、扉が開く。秘密基地でしょ、それ。
内部も入り組んでいて、住民じゃないと構造を覚えられないんです。
ラウンジも表からは隠されている。なんだか忍者屋敷っぽくないですか? そこにロマンを感じたんですよね」
「あはは。それも、おもしろい感覚ですね」
「いや、男ってみんな、こんなもんでしょ? 秘密基地とか忍者とかが好きなんですよ」
「へえ。そうなんですね。初めて知りました」
さっきまでしかめっ面でマシンを検討していた人と同じ人に思えない。
ビジネスの判断基準は紫晶よりもはるかに高度だが、プライベートの判断基準はアニメや映画レベルだというのがおかしかった。
だが、紫晶はコーヒーマシンの細部にこだわる徹の感覚と、マンション選びに共通しているものがあるように感じた。それは作り手の思いを探る探求心だ。
そんな話をしていると、ガンダムが見えてくる。
「うわっ! 大きい!」
「ええ。大きいでしょ? これ、ユニコーンガンダムって言うんです」
徹は嬉しそうだ。
(ガンダムがある、じゃなくて、いる、という意味がわかった。存在感がすごすぎる……)
紫晶はこんなに大きなガンダムがあるとは知らなかったのだ。
「へえ。よく見るガンダムとは色が違うんですね」
「そう。白もかっこいいでしょ?」
「うん、きれいですね」
「そうなんですよ! このガンダムはきれいなんです!」
徹は紫晶に同意されて、すごく嬉しそうだ。
徹はせっせと写真を撮っている。
「紫晶さん、写真を撮りますよ。そこに立ってください」
「えっ、ガンダムとですか?」
「そうです。ガンダムに会ったんですから、記念写真を撮らなきゃ」
徹の頭は、ガンダムを完全に擬人化している。スターに会った気分のようだ。
(この人、こういうキャラだったのか……)
紫晶はアニメにまったく興味がないので、価値がわからなかったが、言う通りにしておいた。
そして、徹はそれをAirDropで紫晶に送ってくれる。
外はすでに暗くなっていて、お台場のイルミネーションが輝く時間になった。
「ここで一番眺めがいいのは、この先です」
そう言って、ガンダムを通り越して、フジテレビ前のプロムナードを歩いていく。
「うわ~! ほんとですね! これはとってもきれいだわ!」
ライトアップされたプロムナードの光る柱の列が、M字型に並ぶ先に、レインボーブリッジと東京タワーが見える。
「ここ、最高ですね!」
紫晶は写真を撮りまくる。
「最高でしょ?」
徹がレインボーブリッジを背にして、自慢そうに笑顔を向けている写真も撮った。
(うん。最高の1枚……)
紫晶は画面の中で笑っている徹を、しばらく眺めた。
「どうしました?」
「えっ? なんでもないです!」
あわててスマホを伏せる。
「今日、楽しかったです。お台場、いいところですね! 来てよかったです!」
今日の前半の疲れは、いつの間にかどこかへ消えていた。
「僕もです。一人では来たことは何度かあるけど……。誰かと来たのは初めてです」
そう言って、徹は紫晶に微笑んだ。
徹の頭の中では、実はガンダムと紫晶が結びついている……




