東京ビッグサイト潜入……。カフェ開業は平凡に見えて結構高いハードル……
プロたちはこんなことをして、開業にこぎつける。カフェを夢見るあなたに贈る、カフェ開業物語。
第15話 見本市の冒険と罠
会場には厨房設備だけではなく、カフェやレストランを開業するための設備はなんでもある。
「うわ~……、このテーブルセット、おしゃれだな……」
「どうぞ、ご覧くださいませ!」
呼び込みされる。
「ハ、ハイ……」
紫晶はとりあえず、パンフをもらっておく。
「内装設計はお任せください!」
それは内装専門の店のブースだ。
(あ、設計士に内装を頼む費用、見ていなかった……)
いろいろ気づいて、もらったパンフレットを集めていくと、あっという間に紙袋が重くなる。
「はあ……。これ、ひとりでできるのかな?」
今まであまりよく考えていなかった開業のための仕事が、あまりにもたくさんありすぎて、ひとりでこなせるのか心配になる。
(彼はどこかしら?)
ちょっと目を離すと、たくさんの人に紛れるので、姿を見失うのだ。
(あ、いた!)
レストラン用の家具の店にたたずんで展示を見ている。
徹は徹で、あちこちを覗いているが、サングラスのせいか、あまり声をかけられてはいないようだ。
(なるほど。サングラスは、できるだけ声をかけられずに展示を見るツールなのね……)
そう理解した。
徹が紫晶に気づいて、さっと戻ってきて声をかけてくれる。
「どうですか? 何かいいものがありましたか?」
「はい。とりあえず、パンフをもらいました」
「ああ、パンフ、重いでしょ? このへんから全部もらっていたら、重くなりますよ。名刺だけでもいいかもしれませんよ」
「あ、そうですね!」
名刺を見て、あとで検索すればいいのだ。
そして、やっとコーヒーマシンのコーナーにやってくる。
「うわ~……。こんなにいろいろな機械があるんだ……」
自分の知っているものだけではなく、さまざまなタイプがあるらしく、ブースも意外に多い。
最新型、大型、簡易型、省スペース型……。
コーヒーマシンのメーカーのブースもあれば、冷蔵庫も一緒に扱っている商社のブースもある。
「開業するんですから、全部必要でしょ? だったら、メーカーより商社のほうがいいかもしれません。店のレイアウトを見て、ぴったりなものを揃えてくれますよ」
「そうなんですか?」
「ええ。でも、その分、価格が上乗せになりますね。ですから、自分の時間とお金との相談です」
「う~ん……」
(設備費300万円で見ているけど……)
脂汗ばかり出てくる。価格を見ていると、頭がくらくらする。
数百万円単位のものを買う勇気がまだないことに気づいた。
(こんなんじゃ、カフェなんて出せない!)
カウンセリングラボの一宮に教えられたことを思い出す。
(やりたいのに迷っているときは、決意が足りないとき!)
決意を増やすには、次の言葉を唱えることだ。
(私は絶対にカフェをつくる! 絶対にやりとげる!)
決意の量が閾値を超えると、スムーズに動き出すのだ。逆に言えば、決意が足りないときには動かないのだから、無理に動いてはならない。そういうときには、背中を押す人がほしいと思い、つい無駄な勧誘に乗ってしまいがちだ。
「いらっしゃいませ。厨房器具をお探しですか?」
営業員がやってきた。やさしそうなおじさまだ。
「は、はい。カフェを開業したいと思っているのですが……」
「カフェですと、……これと、これと、これと、これが必要ですね」
「なるほど……」
もちろん、紫晶はカフェで働いているので、だいたいはわかる。
「こちらは最新のレジスター。かなりラクですよ」
「は、はい」
その価格を見る。
(ほっ、レジはそんなに高くない……)
おじさまは見積もりをスラスラと書いてくれる。
「だいたい、これくらいの設備が必要ですね」
「うう……」
それは、合計280万円だ。
(ちょっと待って。これじゃ、椅子やテーブルが全然買えないわ……)
「ご心配はいりませんよ。リース契約もございますから、月々のお支払いで大丈夫ですよ。それから、うちなら、いろいろな設備を一括で購入できますから、初めて開業なさる方にはとても便利だと存じます」
ニコニコしているので、つい頼ってしまいそうだ。
「へえ……。リースですか。月々おいくらくらいに……?」
「そうですねぇ……」
おじさま営業員は電卓をたたく。
「ま、このくらいですかね……」
「えっ、月々5万円で済むんですか?」
「ま、車のローンみたいなものだと思っていただければ……」
「へぇ!」
「お若いのにカフェを開業したいなんて、素晴らしいですね。ぜひ応援させてください。お値段はできるだけ勉強させていただきますので」
なんだかうれしくなって、ここに決めたくなってきた。
(このおじさま、経験豊富そうだし……)
第16話 紫晶、徹に叱られる
紫晶が嬉しそうに営業員と話している最中に、
「紫晶さん、他を見ましょう」
と、徹が近づいてきて、さっと腕をつかむ。
「どうもありがとうございました」
徹が営業員に声をかけ、紫晶をそこから引きはがす。
(なんだろう?)
紫晶は不思議に思った。
(あの店、ダメだったのかな?)
腕をつかまれたまましばらく歩いていると、なんだか特別な関係のようだ。
紫晶は声を出す。
「あ、あの……」
「あ、失礼」
腕をつかんで歩いていた徹は、腕を離す。
「失礼しました」
徹は帽子を少し持ち上げて、それから深くかぶった。
「紫晶さん、全部新品にする必要はないんですよ」
「え?! そうなんですか?」
「ちょっとあそこで休憩しましょう」
そう言って、彼は紫晶をVIPラウンジに連れていく。ラウンジといっても会場内の休憩コーナーだ。飲み物が無料で提供される。紙コップのコーヒーを飲みながら、徹は「ふう……」と息を吐いた。
「紫晶さん、最近、自分の店に新型のコーヒーマシンが導入されたって言ってましたよね。古いマシンはどこに行ったと思いますか?」
「えっ、どこにいったのかしら……」
「別の店舗に回すこともあるし、下取りに出すこともあります。そうやって業者に引き取られた厨房機器は、整備されて中古品としてまた市場に出るんですよ」
徹が紙コップのコーヒーを飲みながら続ける。
「飲食店は開店も閉店も多い。それに、設備は続々と新機種が出ます。だから中古の厨房機器はかなり流通しているんです。最初は中古で十分なものも多いんですよ」
「そうなんですね」
(そうか……。前の機種はまだまだ問題なく使えていたんだから……)
と紫晶は自分の店で使っていた前のコーヒーマシンのことを思う。もし、自分が引き取らせてもらえたら、それで十分コーヒーは作れたのだ。
「初期費用は厨房器具だけではないんです。カトラリー、食器はもちろんのこと、看板、広告、音響設備、それにエアコンなど、いくらでもお金がかかるものがありますよ」
「そ、そうか……。そうですね」
まだまだ甘かった。
「それから、さっきのリース、何年契約か聞きました?」
「え……聞いてません」
「総支払額は?」
「……聞いてません」
「途中解約できるかは?」
「…………」
「紫晶さん」
「はい……」
「月5万円なら安い、と思ったでしょう?」
「……思いました」
「それが営業の狙いです。見るのは月額じゃない。総支払額と、その設備が何年で投資を回収するかです」
「はい……」
「紫晶さん、営業員に『若いのに頑張ってますね』ってちょっと褒められて、うれしくなったでしょ?」
「うっ……」
両手で顔を覆った。
(見抜かれていた……)
「営業員なんですから、客をいい気分にするのは当たり前です。そんなことで判断を間違ってはいけませんよ」
「は、はい! 申し訳ございません」
まるで上司に怒られているように縮こまってしまった。
「じゃ、じゃあ……全部中古に……」
少し縮こまって答えると、
「僕なら、壊れても営業を続けられるものは中古。壊れた瞬間に売上が止まるものは新品を検討します。作業台や棚は中古でいい。でも、コーヒーマシンや製氷機みたいに、止まった瞬間に主力商品の提供が止まる設備は慎重に選びますね」
と徹が言う。
「なるほど……」
紫晶は自分の心理に気づいてしまった。
要は、「いちいち考えるのは面倒だから全部同じ店でいいでしょ?!」という気分なのだ。だから、「任せなさい」という雰囲気の営業員に任せてしまいたくなる。依存心のなせるわざだ。
それを徹に正直に告白しようものなら、(そんなことでは店をやるなんてムリですよ)と、言われそうだ。……紫晶は空想の中で徹があきれている顔を思い浮かべた。
(すみませんでした……)
まったく、自分はまだまだカフェのオーナーになる資格なんかない、と自覚した。
(徹さんがいなかったら、私、失敗していたかも……)
そう思ったら、さっき腕を引っ張って引きはがしてくれたことがありがたい。
(ちょっと嬉しい……。また、彼に全部任せたくなってしまう……)
今度は、彼が「僕に任せなさい」と言ってくれる顔を空想する。
「……紫晶さん、聞いてますか?」
「は、はい! すみませんでした」
(勝手な空想をしてすみませんでした)の意味だ。
「別に謝らなくてもいいですよ……。ま、さっきの店は無駄ではありません。リスト、もらったでしょ?」
「あ、はい」
紫晶は紙袋の中から、さっきもらったリストを取り出した。
「これは見やすいですね。まずは、コーヒーマシンから探しに行きましょう」
徹はコーヒーをさっと飲み干すと、立ち上がり、「行きますよ」と言った。
「は、はい!」
(任せて……いいのかな?)
今反省したばかりなのに、「テヘッ」と調子よくまた頼りたい自分がいる。
自分の依存心にも困ったものだが、……彼の後ろ姿がすごく頼もしく感じた。
徹のプライベートがあきらかに……




