謎のイケメン、紫晶(しあき)を厨房器具見本市に連れていく……
カフェを作りたい! その一心で紫晶は頑張る!
第13話 プロの指導がタダという幸運
そういうことになり、紫晶はせっせとサンドイッチを作っていくことになった。
約束の日、カフェで待ち合わせして、徹に連れて行ってもらう。
「えっ、ここ?」
それは、駅近の目黒のタワーマンションだ。
「そう。ここの31階に住んでいるんです」
そう言って、徹は入り口に案内する。
まず、入り口の扉がわかりにくい。まるで要塞だ。
木の大きな壁に立つと、スルスルと扉が開き、「ここが入り口だったのか」と驚く。
そこを通り抜けると、正面に受付の女性が2人座っている。
「遠藤様、お帰りなさいませ」
と受付の女性が笑顔で迎える。
「ただいま」
(こ、これのどこがアパート……)
と紫晶は思ったが、徹は日常で英語を使っているらしく、海外留学組なのだろうと思い当たった。
(アパートメント……の意味だったのか)
天井の高いそのロビーを歩いて行くと、また壁があり、その前に立つとスルスルと壁が開いて、中に部屋がある。そこはソファセットがいくつかあるラウンジだ。吹き抜けの天井までの高い窓からは、庭園の緑が見える。
ふたりはそのソファーに座った。
そして、紫晶は食べ物をボックスから取り出して、ラップを外す。
「これが私のメニューに入れたいサンドイッチです。1つ目はハンバーグをはさんだもの。2つ目はクリームチーズと塩もみキャベツを入れたもの。3つめは甘辛で味付けしたスクランブルエッグを入れたものです。どうぞ」
「いただきます」
徹はつまんで、緑を見ながら食べた。
「ふむ……」
「これはハンバーガーではないのですね。中身はハンバーグだ」
「そうです。日本人は、肉100%のパテよりも玉ねぎやパン粉の入ったハンバーグのほうが絶対に好みだと思うのです」
「なるほど」
徹はクリームチーズを食べた。
「うむ。これもうまい」
そして、卵サンドを食べる。
「うむ。これもイケる」
甘辛がとてもおいしい。醤油と砂糖が入っている和風の卵サンドだ。
「なかなかいいと思いますが、価格はいくらですか?」
「ハンバーグが650円、クリームチーズが550円、卵が350円。いかがでしょう? こちらが価格と原価表です」
「安すぎます」
「えっ?」
「特に卵サンド。350円で売ったら駄目です」
「でも、原価は安いですし……」
「原価が安いから安く売る、ではないんですよ。客が買っているのは卵じゃない。この空間で過ごす時間です」
「はい。そうですけど……」
「コーヒーは500円くらいでしょう? 客単価一人当たり1500円くらいにしないと、石を眺めるカフェの運営はできませんよ。このカフェは客が長居しますからね」
徹はゆったりとソファーに座って考える。
「ハンバーグは980円……と。卵サンドは720円……として……」
徹は紫晶の用意した価格を書き換えていく。
紫晶はその姿をじっと見ていた。
「ハンバーグと卵はいいですが、クリームチーズは原価調整がしにくいですね。量を減らすとすぐに満足度が落ちるし、品質を落とすと味に出る」
「はあ……なるほど」
「しかも乳製品は仕入れ価格が上がったときに逃げ道が少ない」
「なるほど……」
「このハンバーグ、1個作るのに何分かかります?」
「え?」
「1個じゃなくて、20個まとめて作った場合でもいいです。仕込み時間を20で割ってください。玉ねぎを切るところから、焼くまでね」
「……60分くらい?」
「時給1500円で20個なら、人件費だけで1個75円ですね」
「えっ?! 人件費って1個ずつ計算するんですか?」
「当たり前ですよ。材料費だけが原価じゃありません」
「うっ……(甘すぎた……)」
紫晶はシチューを保温ポットから取り出し、器に入れた。
「次はこちらをお願いします」
徹は肉をスプーンで崩し、一口食べる。
「ふむ。これは主力商品にできますね」
「は、はい!」
「サンドイッチより写真映えする。しかも作り置きができる。注文が入ってからのオペレーションも軽い」
「そ、そうか……写真映え……」
「これ、モモ肉ですね。一皿何グラムです?」
「120グラムです」
「多いですね。100グラムでも客はたぶん満足する。でも、減らすなら肉の厚みを変えず、長さを変えてください」
「どうして?」
「あなたの売りは『ごろりとした肉』でしょう。厚みがあるとその特徴が出ますからね」
「はい。わかりました」
「あとは、廃棄率や光熱費を考えてください。ハンバーグは廃棄が出やすいですし、シチューはかなり煮込むのに時間がかかりそうですからね」
「はい!」
紫晶はせっせとメモして、それから深々と頭を下げた。
「ありがとうございました。またやり直してきます」
豪華なマンションを後にして、紫晶は思った。
(この人のコンサルをタダで受けられている私って……もしかすると、かなり幸運なのかも……)
第14話 初めての二人のお出かけ
紫晶がカフェ・プルミエに出勤すると、新しいコーヒーマシンが導入されていた。
その前にしっかりと説明書を読んでいたので、どこが新しくなったのかがわかる。
「これ、牛乳だけじゃなく、豆乳にも対応しているんですよね」
と、部下が言う。
「ええ。夕方の混む時間にはかなり助かるみたいよ」
すると、店長も出てきて、解説をする。
「あとは、湿度によって、豆の挽き方を自動調整してくれるんですよ」
「へえ! それは助かりますね! 味が一定なんですね」
新しいマシンが来て、4,5日経つと、その威力に感心する。
(だいぶラクになったし、おいしさが一定。これはすごい。いったい、この機械、いくらするんだろう?……)
お休みの日、またいつものカフェでせっせとスマホを見ている。
「ええと……。厨房設備の専門店は……」
「こんどは厨房設備ですか?」
あまりにも真剣に見ていたので、いつのまにか隣に徹が座ったことに気づかなかった。
「あ、徹さん、こんにちは!」
最近は、徹が来るかもしれないと思って、自分の右隣の席は自分の荷物で塞いでいるのだ。それをささっとよける。
「うちの店のコーヒーマシンが新型になったんですけど、それがすごくて……。やっぱり、良いコーヒーマシンだとおいしいじゃないですか。だから、機械選びも慎重にならないとって思って……」
「うん。それは良いポイントですね。人件費が変わりますからね」
「人件費。……ほんとですね」
「来週、お台場で厨房設備の見本市がありますよ」
そう言いながら、徹はくるくると自分のタブレットを動かした。
「ほら、これ」
それは、東京ビッグサイトのイベント情報だ。
紫晶は今まで、そんな見本市に行ったことがなかった。
せいぜいかっぱ橋を回る程度だ。
(やっぱり、プロはこういうところに行くのね……)
「隣の大崎からりんかい線ですぐですよ。どうですか?」
「はい! 行ってみます! 木曜日ならお休みだし!」
紫晶はやる気満々で答えた。
「あの……」
徹はちょっとためらいながら次の言葉を言った。
「僕もご一緒していいですか?」
「えっ……」
紫晶は一瞬言葉を失うくらい驚いた。
「一緒に来ていただけるんですか?」
目を輝かせて喜びを露わにする。
「ええ。厨房設備は詳しくないですが、何かお役に立てるかもしれませんし……」
「う、嬉しいです! ぜひお願いします! あの……。ランチ、おごらせてください!」
「え、それは嬉しいですね……」
ちょっと照れたように徹が頭をかいた。
そして、次の木曜日に、厨房設備の見本市に行くために、ふたりはビッグサイトの前にいる。
「うわ~! ここ、すごいですね。私、初めて来ました」
紫晶は三角がさかさまになったような建物を見て感動する。テレビではよく見るが、お台場に来たことが今までなかった。
「アハハ。あの建物に入るわけではないですけどね。会場はその左右ですよ」
「へえ……。そうなんですね。徹さんはよくいらっしゃるんですか?」
「ええ。よく来ます。いろいろな情報が集まりますので」
「へえ……」
(やっぱり、こういうプロなんだろうな……)
相変わらず、徹の本業がよくわからないが、紫晶は追及しない。
(だって、本当にコンサルタントだったら、お金を払わずにコンサルを受けているのは絶対にダメじゃない。知らないほうがマシ……)
そういう魂胆だった。
徹が入館カードをもらって入る。それにはVIPと書いてあった。
会場はものすごく広い。一人だと絶対に迷子になる。
いつの間にか徹は帽子を深くかぶり、薄い色のレンズのサングラスをかけていた。
「知り合いに会うといやなんで……」と彼は言う。
(んん? 見本市はよく来る。厨房は知らない。でも、知り合いがいるかも……? 情報屋ってこと?)
想像してみたが、よくわからない。
しかし、それどころではない。こんなに大きなイベントとはまったく知らなかった。
「あの……、イベント、毎週あるみたいですけど、いつもこんな規模なんですか?」
「ええ。テーマ別に山ほどやっています。いつもなかなか全部は見切れません。数百社ありますからね。本気で仕入先を探す人なら、2日、3日かけて見ることもありますよ」
「そ、そうなんですね……」
紫晶はプロのすさまじさに少したじろぐ。
徹は紙のマップでコーヒーマシンの業者がどこにいるかを調べる。
「コーヒーマシンはここですね」
とマップの一角を指さした。カフェ部門だ。
「まずはこっちに進みましょう。そこに行くまでに紫晶さんが見たいものがあれば、自由に見てください。僕もいろいろ勝手に見ています。
もし、迷子になったら、ケータイで呼んでくださいね。ほら、あそこに番号があるでしょ? 何番ブースにいる、と言ってもらえたら、戻りますよ」
「はい……」
会場が広いので、コーヒーマシンへの道が遠い。その間にある何十社ものブースをかき分けていかなければならない。
ここはプロ中のプロたちが集まり、品定めをし、商談をする場なのだ。
海千山千の営業マンたち……紫晶は大丈夫?




