夢のカフェ、いよいよ物件探し!
徹と見本市とお台場で初デートを終え、またカフェづくりに真剣に取り組みます!
第19話 決意が固まり、動き出す
新しい年が明けた。
昨年6月の衝撃の日以来、石田紫晶は半年間もカフェ開業のことを考え続けた。
カウンセリングラボの一宮に教えてもらった、才能の増やし方は、やっと効果が出てきたように感じる。
「あなたには事業の才能があるのよ」
と、3歳の自分に何度も何度も言う、というやり方だ。
イメージの中で、最初は不安そうにしていた3歳の自分は、だんだんとニヤリと笑うようになり、そして、今ではしっかりと足を広げて立ち、「任せて!」と言わんばかりに自信に満ちている。
大人の紫晶も、その様子に勇気づけられて、今年こそカフェを開業する、と決意した。
まずは、カフェ・プルミエの店長の柳悠樹に相談することにした。
「店長、私、今契約社員で主任をやらせていただいているのですが……」
「ええ。石田さん、正社員になる決意、できたんですか?」
「いえ。それが……。実は私、自分でカフェを開業したくて……」
「えっ?」
「ですので、今年はその準備に入りたいんです。今のままではその準備ができないので、できたら、でいいのですが、まずはバイトで週3日にさせていただけたらと思いまして。
そして、3月半ばには退社させていただきたく思います」
「えっ……。退社ですか……」
柳は少しショックを受けた様子だったが、すぐに言葉を続けた。
「カフェを開業したい。それ、……すごいですね。それはなんだか僕も嬉しくなりますね。それだけ、この仕事が好きってことですよね」
「は、はい! 好きなんです。だから、自分の店を持ってみたくて……」
「そうか。石田さんがいなくなるのは残念ですが、……わかりました。有休もあるので、それを消化しながらでしたら、今の契約のまま2か月くらいは週3回でいけると思います。そのあとはバイトにしましょう」
「そ、そうですか? ありがとうございます!」
「いや~、残念なのは残念ですが、……ちょっとうらやましいです。頑張ってくださいね。応援していますよ。……いや、ライバルになるのかな? アハハ」
柳はとても嬉しそうに言ってくれた。
(応援してくれる……。よかった……)
それが心地よかった。
以前の紫晶だったら、「カフェを開業したい」と言ったら、柳に「この子にできるのか」と値踏みされるのではないか、と思っただろう。そして、柳が心の中でどう思っているかが気になっただろう。
今は、そんな思いはみじんもなかった。
(私がやると決めたら、やる! それだけなんだわ)
今はそうわかる。
人の評価を気にするのは、結局、自分の決意が足りないときなのだ。
それから、せっせと物件探しを始めた。
いくつか候補を探す。
(カフェの場合、予想の売り上げの10%程度に家賃を抑えろ……か)
それはカフェ開業マニュアルの教えだ。
売上予測は700万円のつもりだったが、場所が人気エリアでなければ、それは高望みだと理解した。だから、少し下げておく。売り上げ予測を500万円にすると、家賃は……。
(やっぱり、50万円くらいで抑えたい……)
最近、徹は目黒のカフェに来なくなった。クリスマス前から「ちょっと旅行に行ってきます」とメールが来たきり、しばらく連絡がない。
自分自身も年末年始は長野に行ったり、仕事で大忙しだったりしたので、あっという間に時間が流れた。
(もう3週間くらい、会ってないなあ……)
そう思って、スマホの写真を見る。
お台場で撮った徹の写真だ。ニコッと得意そうに笑っている。
(教えてもらいたいなあ。どこがいいのかしら……)
そう思ったが、店を決めるのは自分だ。
自分の店の責任は自分が最後まで取らなればならない。人に決めてもらったりすれば、そこに言い訳の隙ができ、うまく行かないときに逃げ道になってしまうだろう。
こういう時にはどうするかを、一宮に教えてもらったことがある。
「頼りたいと思う人が、自分の頭の中にいると思え」なのだ。
(うん。自分が徹さんだとしたら、この店をどう判断する?)
そう思いながら、物件を検討する。
コツは、自分を目の前に見て、相手の体の中に自分の意識があると思うことだ。
そして、目の前の自分が、この物件の良さをアピールしているところだと思ってみる。
それを聞いている徹になるのだ。
「紫晶さん、この店は人通りが良いところにあるかもしれませんけど、周りの店が騒々しいでしょ? 客層が違います」
(うん。きっとそう言うわ……)
まるで本当に声が聞こえてきそうだ。
そして、次の物件を見て、また徹になりきる。
「この物件のエリアは学生とか若い人が多い地域でしょう? 客単価が上がらないのに、客は長居しますよ」
(はあ~……。どれもごもっとも)
自分で突っ込みを入れる。
「だから、優先順位を決めないといけないってことです」
(……って、次は言うわ……)
だんだんと、徹の言いそうなことがわかってきた。
「ええと……。優先順位は……」
と、メモを始めた。
「なに? 物件探しですか?」
後ろから声がして、ハッと振り返ると、本物の徹がいた。
「あ、こんにちは! 明けましておめでとうございます」
「明けましておめでとう、紫晶さん」
そう言いながら、隣に座る。濃いグレーのタートルのセーターがよく似合う。前髪は前と同じで少し長めだ。
(うん。きっとしばらくヘアサロンに行っていない……)というのが紫晶の観察だ。
(はあ~。彼の写真を眺めているときにみつからなくてよかった……)
と、紫晶はちょっとホッとする。
「一緒に見に行きましょうか」
紫晶のスマホをのぞき込みながら、徹が言う。
「え、いいんですか?! は、はい! お願いします! 嬉しいです!」
まるで、紫晶の心を読んでくれたように、徹が言ってくれた。
(ヤッターッ)と、紫晶の心の中の3歳の自分が小躍りした。
第20話 紫晶の物件探し
不動産屋に連絡を取って内覧の準備をしてもらい、その3日後、ふたりで見に行った。
「こちらの物件は築37年ですね。前は飲食店でしたので、水回りの設備は十分かと思いますわ」
不動産屋の営業の女性が案内してくれる。
トレンチコートを着た徹と、ウールの短めのコートを着た紫晶が物件をきょろきょろと見て回る。
床は板張りで、レトロな雰囲気だ。
「あそこのシミは?」
「あ、水漏れの後ですね……」
徹が天井のシミを指摘し、営業の女性が眉をしかめる。
「う~ん……」
紫晶も腕組みをして考える。
外観は良いし、場所もいいのだが、内部の古さが気になる。
次の物件に向かう前に、徹が言う。
「内装はどうにでもなりますが、上からの漏水は、なかなか防げませんからね」
「そうですね……」
次の物件は、隣の建物がぼろすぎて、せっかくの雰囲気が台無しだった。
(家賃が割安ってこういうことね……)
ネットで見ているだけではわからない事情だ。
営業の女性が3件目の物件に連れて行ってくれた。
「ここは一軒家なんです。二階建てて洋館っぽい造りですね。家賃は45万円です」
そう言って、中を見せてくれる。
「ちょっと一階が暗いのが難点なんですが……。その分、家賃は割安になっています」
そこは隣の家の木々で一階の日差しがさえぎられている。しかし、二階は明るくて、緑が見えるのが逆に心地よい。
ふたりはそれぞれによく観察し、熱心に写真を撮る。
「うん、見えてきましたよ」
と徹が探偵のような考えるポーズで、うんうんと頷く。
「待ってください! その先はまだ言わないで……」
紫晶がそう言うのが面白くて、徹はニヤッと口元で笑った。
紫晶が一所懸命自分で考えようとしているのがわかる。
紫晶も徹の隣に立って、探偵のようなポーズをまねる。
自分の頭の中に徹がいる訓練をしたのだ。今はポーズもまねる。
「私のカフェが……私も見えてきました。一階は水晶を置いたクリスタルルーム。二階はカーテンのない森のカフェ。……どうです?!」
「うん。それ、いいですね!」
ふたりは同時にニコッとして、意見の一致を見たという認識でグータッチした。
代官山の裏通り。隠れ家カフェやデザイナーブティックがところどころにあるエリア。そこの古い洋館で家賃は45万円。
(うん、この家賃なら無理がない。申し分ないわ!)
大満足の紫晶だった。
割安なのは、1階が暗いこと。駅から遠いこと。築45年という古さで、内装にお金がかかること。前面道路が大通りではないこと。
「家賃が浮いた分で、SNS広告をかけられます。駅からのアクセスが少しわかりにくいですからね」
と徹が言った。
「はい、わかりました!」
(じゃ、契約を……)
と考えて、営業の女性のほうを見ると、徹がさっと前に出た。
「紫晶さん。ここは古い建物だから、一番先に確認しなければいけないことはなんですか?」
「えっ」
他のことは考えていなかった。
「ええと……。……インフラ……ですか?」
読み込んだカフェ開業マニュアルを思い出す。気に入ったあまり、そういうことを忘れていた。
「まず電気容量。それからガスの引き込み、給排水の口径や位置ですね。このあたりは設備資料を確認してもらいましょう」
「前のテナントも飲食店だったので、大丈夫のはずですが……」
そう言いながら、営業の女性は配電盤を開ける。
「排気ダクトをどこに出せるかも重要です。近隣住宅がありますから。あとは、店の外に看板を置けるのかとか、大家さんが改装をどの程度許容してくれるのかとか、それを確認してもらわないと、決められませんよ」
「はい。わかりました!」
理想的な物件が見つかってはやる心を、しっかりと制御する大人の心が大切だ。
営業が言う。
「こちらを申し込まれるのでしたら、まず入居申込書を出してください。貸主さんの審査がありますので」
「融資がまだ下りていないんですが……」
と紫晶が心配そうに言った。
「新規開業ではよくありますよ。融資の結果が出るまで、貸主さんに待っていただけるか交渉します」
「その間、ほかの人に取られませんか?」
「申込みが一番手になっていれば、通常はまず石田さんとの話を進めます。ただし、どこまで待っていただけるかは貸主さん次第です」
「申込金とかありますか?」
「今回は家賃1か月分、45万円を預けていただきます。融資が決まったら、その分は保証金の一部となります」
ふたりの会話に徹が口を挟む。
「融資が下りなかった場合、その45万円は全額戻りますか?」
「はい。その条件で貸主さんと交渉します」
「書面にしてくださいね」
「かしこまりました」
帰り道で紫晶は黙り込む。
徹はその様子に気づいて、声をかけた。
「紫晶さん、どうしたんですか? いい物件が見つかったのに、暗い顔ですね」
「え、ええ……。嬉しいんですけど、融資が通るかな……とか。通ったら通ったで、2000万円の借金ができちゃうな、とか。大丈夫かなって……。いろいろ考えてしまいますから、浮かれてばかりはいられません」
「あはは。それはいいことですね」
「えっ? いいことですか?」
「怖くなってきたなら、ようやく現実になってきたってことです。事業は、楽しさと同じくらい怖さがあって普通ですよ」
「ふうん……。徹さんは、そういうビジネスのプロなんですね」
「僕はたくさんのスタートアップを見てきましたからね」
「そうなんですね……」
(やっぱり、スタートアップを指導する仕事なんだ。本来なら、私も客なんだろうな……)
紫晶のガーディアン、徹でした。




