カフェの事業資金が足りない。親にお金を借りれない私って……
夢のカフェを開業したい紫晶。でも、どうしてもお金が足りない……。
第9話 資金集め
結局、試算すると紫晶のつくりたいカフェは初期費用が3000万円だ。
水晶を置くとどうしてもその分場所を取るから、少し広めの店が必要となる。
客単価を上げるには、キッチンもそれなりに整っていなければならない。
「ああ~……。やっぱり無理かな……」
すでに12月。カウンセリングラボの一宮に相談してから、いつの間にか半年経っていた。
見た目もすっかり変わったが、心の中もかなり変わった。
結婚して、綾乃が店を異動したせいもあり、店長も気にならない。
むしろ今では、あの出来事のおかげで自分の店に夢中になることができ、感謝しているくらいだ。
仕事中はずっと、「この店は私の店」と唱えながら働いていたので、お客様に対して感謝の気持ちが表れて、笑顔も自然に出る。
「石田さん、そろそろ、店長をやりませんか?」
「えっ?」
店長の柳にそう言われ、びっくりする。
契約社員から社員に変わって、店長になる道が開かれたということだ。
「最近、素晴らしい仕事ぶりですよね。十分、店長になれますよ」
柳はにこやかに言う。
「は、はあ……」
(いや、ここで店長になったら、やめにくくなるし……)
自分の店を持とうとしているのに、ここで昇進するわけにはいかないと思った。
(つまり、早く進路を決めろってことか……)
もう、この世界に入って4年半だ。独立できない年じゃない。ただ、作りたい店が大掛かりすぎて、初期費用がかかりすぎる。
(う~ん……)
紫晶はバッグにいつも忍ばせている、遠藤徹の名刺を出した。
「会いたいな……。相談してもいいかな……」
メールを送ってみた。
「ご相談させていただいても良いでしょうか?」
その日の夜、紫晶は再びいつものカフェで徹に会う。
いつものように窓際のカウンターに座る。横並びのほうが、資料が見やすいのだ。
「なるほど。資金はどうしたらいいか、ということですね」
徹はすごく機嫌がいい。
自分が指導している人が、少しでもやる気が増えているといつも気分がいいのだ。
「で、自己資金はいくらあるんですか?」
一番聞かれたくない質問だった。
おそるおそる、紙に書く。
「あの……。これくらい……」
4年間働いて、貯めたお金はたったの300万円だ。
徹はそれを見て、「はぁ…」と小さくため息をついた。
「これ、ちゃんと投資信託に入れていましたか?」
「え? ええと……途中からちょっとだけ……」
「R大なりG。知ってますか? この言葉……」
徹はシラ~とした目つきで紫晶を見る。
「すみません。知りません……」
「はぁ……。ですよね。要は、稼いだ金はさっさと投資せよってことです」
すっかりとバカにされてしまった。
「ま、いいでしょう。それよりも、カフェで契約社員として働いた経験が4年あるのは強みですよ」
徹は少しやわらかく微笑んだ。
「あの……、見込み、ありますか?」
「ええ。やり方次第です」
徹はサラサラと数字を書き始めた。
自己資金300万円。
公庫からの融資が1500万円。
自治体の融資が500万円……。
「ふうむ……。2300万円が限度かな……。あと700万円足りないな……」
徹はげんこつの上に顎を載せて唸る。
紫晶はその数字をじっと見ている。
「資金を借りれそうな親とか親戚とかは?」
「親はいますけど……。借りたくないです」
「それはどうして? 頭を下げるのがいやなのかな? それとも、借りても返せないと思っているのかな?」
「えっ……」
(どっちだろう……)
紫晶はすぐに答えられない。
「もし、借りて、ちゃんと利息付きで返せる自信があるなら、堂々と借りれますよね? でも、成功する自信がないなら、親からは借りませんね。
利息付きで返せる自信があるけど、それでも借りたくないなら、親に頭を下げることが嫌なんでしょうね」
「え?!」
見透かされて、紫晶は黙ってしまった。
第10話 心からの謝罪
紫晶の実家は長野だ。
久しぶりに実家に帰ることにした。
妹の麻黄は大阪で働いているから、実家にはいない。
「どうしたの、紫晶。突然帰ってきて……。年末年始には少し早いでしょ」
母の英子が目を見開いて不思議そうに尋ねる。
確かに、あと1か月もすればお正月だ。でも、待てなかった。
それに、お正月になれば妹も実家に戻ってくる。二人きりになれない。
「うん。ちょっと帰りたくなっただけ」
「ふうん……? 失恋でもしたのかな?」
「やだな! 違うよ」
紫晶はムスッとしてしまった。
そして、そんな自分にがっかりして下を向く。
(あ~あ……。どうしてこうかわいくないんだろう……)
麻黄のように素直になれない。
(麻黄なら何て言うかな、こういうとき……)
少し想像してみた。
「やだな~、お母さん。ちょっとお母さんに会いたくなっただけじゃん!」
「あらそう~? うれし~。アハハ」
そんな会話になるのだろう。
(どうしてそれができないの?)
紫晶は自分で突っ込みを入れる。
母に甘えるような言葉が言えない。
それができなくて、自分はムスッとしてしまい、それができる妹に嫉妬して、「私だけ不幸」みたいな顔をしてしまう。
カウンセリングラボの一宮は言っていた。それは傲慢さなのだと。
(これが傲慢って……。どういうこと?!)
意味がわからなかった。
親に頭を下げられない。
親にも兄弟にも弱みを見せられない。
これは、赤ちゃんのときに親に大切にされすぎて、自分は女王様だと思い込んだ名残なのだと……。
(くくく……。当たっているような、当たっていないような……)
「帰ってくるって言うから、お母さん、紫晶の好きなビーフシチュー、作っておいたわよ」
「え、ほんと?!」
じっくり時間をかけて煮込んだ母のビーフシチューが大好きだ。
大きな塊肉がホロホロとくずれるくらい、煮込んである。
父はまだ仕事から帰っていないので、それを食卓で母とふたりで食べながら、徹の言葉を思い出す。
「利息をつけて返せると思っていたら、借りれるはず。それで借りれないなら……」
(たぶん、両方だわ。まだ成功する自信がない。でも、もし成功するなら、最初から借りなきゃよかったって思う。つまり、親に頭を下げてお金を借りるのが悔しいんだわ……)
(はぁ……。馬鹿だなあ……)
と自分でも思う。
(いったい何をつっぱっているんだろう……)
「ねえ、お母さん……」
「なに?」
「もしさ、もしもよ、自分の子供が事業をするからお金を貸してって言ったら、お母さんだったらお金を貸す?」
他人事のように言ってみた。
「ええ~?! う~ん……。事業の内容によるわね。成功しそうだったら貸すけど、失敗しそうだったら貸さないわね」
(…………)
今、ほんのちょっとムカついた。
紫晶はちょっと自分の心理がわかってしまった。
心の中でこんなふうに言っている3歳の自分の声が聞こえた。
「私がお金を貸してって言っているのに、なんでいちいち考えるの?! 私がやりたいことにお金を出すの、親なら当たり前でしょ?! それを『できるかできないか』って、判断なんかされたくない!」
つまり、断られたらプライドが傷つくのだ。
できないでしょ、と言われたらむかつくのだ。
(ぎゃ~……。本当に傲慢……)
ごくりとシチューを飲み込む。
母親が作ってくれたシチュー。何時間もかけて紫晶のために作ってくれた。
それなのに、適当な「いただきます」しか言わず、当然のように食べている。
一宮が前に言った言葉が浮かんでくる。
「あなたがお母さんにしてきた態度は、あなたが結婚した時に、夫にされますよ」
「えっ、それってどういうことですか?」
「『人は鏡』って言うでしょ? 自分がした態度は周りから返ってくるってことですよ」
紫晶は想像してみる。
自分が数時間かけて、「夫に食べさせたい」と思って作った料理を、にこりともしないで食べる夫がいたら、絶対にむかつく。
「おいしいの?! おいしくないの?!」と詰め寄るだろう。
そして、ケンカが始まるのだろう。
(はあ……)
紫晶は自分の性格にうんざりしてきた。
「どうしたの、紫晶ちゃん」
英子が声をかける。
「あのね……」
母のやさしい声で、心の中がリセットされた。
「私ね、昔はさんざん、私の名前にケチつけて、こんな名前つけたお母さんが悪いって言ったよね……」
紫晶はスプーンをおいて、きちんと姿勢を正した。
「ごめんなさい……」
「ええ~?! なに言ってるの、この子は……」
英子は笑い出した。
「そんなの、いつものことでしょ? あなたの憎まれ口は……」
母も素直に受け取らない。それは、今まで紫晶がいつも口答えしたり、拗ねたりしているからだ。1秒後には紫晶の機嫌が変わる。だから、英子は防御しているのだ。
「今は、良い名前だなって思うようになりました。さんざん文句言って、ごめんなさい……」
「う、うん……」
英子は落ち着かなくなった。
(どうしたのかしら……。やっぱり失恋でもしたのかしら……)
だが、聞くとまた怒り出すに違いないから、黙っておくしかない。
「近所にね、とても大きなアメシストのカペラを置いている店があってね、それがすごくきれいで、『ああ、お母さんはアメシスト、好きだって言ってたな』って……」
紫晶は言いながら、ポロリと涙をこぼした。
「アメシスト」が「紫晶」に置き換えられたのだ。
(お母さん、私が好きだったんだ……。だから、大切な指輪を私にくれた。そして、今日はシチュー作って待っていてくれた……)
「そうよ。アメシストが大好きでね。自分の子にはアメシストの名前を付けたいって、若いころから思っていたからね」
英子はその涙に気づかなかった。
「うん……」
このまま言葉を続けると、泣けてごはんが食べられなくなる。そこで、紫晶は黙ってシチューを食べることにした。
「お母さん……」
「ん?」
「このシチュー、めちゃくちゃおいしい!」
「そう? よかった」
それだけの会話だった。
紫晶は資金を手に入れることができるのか?




