事業は始めたい、でも、融資を受ける覚悟がない。でもカフェ、作りたい!
やっと、自分の力で生きていこうと決めた紫晶。でも、カフェの作り方なんて、まったくわからない。お金、どうしたらいいの?
第7話 決意のつくりかた
紫晶はカウンセリングラボの一宮に電話をする。
「カフェ、作りたいんですけど、どうしても勇気が出ないんです。融資って、借金ですもの。払えなくなったらって思うと怖くて……。
最初の一歩を踏み出す勇気って、どうやったらできるのでしょうか?」
紫晶はため息をついた。
一宮に「5か年計画をつくれ」と言われて、何度も何度も試算をして、最初の年の客の人数、それから売り上げを計算しても、それだけ儲ける自信がない。
すると、一宮はこう言った。
「3歳の自分を呼び出して、その子に『あなたには事業の才能がある。だから、頑張りなさい。決意しなさい。あなたには事業の才能があるのよ』と何度も何度も言いましょう」
「えっ、3歳の自分に言う? 今の自分ではなくて?」
「そう。心って言うのはね、コンピュータのプログラミングと一緒なんです。本当は真っ白で、何もないところから始まって、そこに自分でプログラムを書いていくんですよ。
今まで、紫晶さんは依存的で、誰かが幸せにしてくれるって思っていたでしょう? それは、そういうプログラムだったということ。
でも、これからは自分が事業家になりたいのだから、最初からプログラムを書き直さないといけないんです。途中からプログラムを書き直すと無駄が多いでしょう? それと同じですよ。だから、3歳をイメージして、そこから書き直すの」
「え、そうなんですか? 心はもともと何も書いていないってこと?」
「そう。ただし、生まれる前から心はあるんですよ。そこはわからないと思うから、それはおいといてね。書き換えられるってこと、覚えておいて」
一宮はそう言った。
「ふうん……そうなんですね」
よくわからないまま、とにかく紫晶は、自分に対して「あなたは実業家。事業の才能があるよ」と唱えることにした。
そして、「私は絶対に自分のカフェを成功させる」という文を繰り返し唱える。
これが、決意を高める方法なのだと聞いた。
(特徴のあるカフェ……)
紫晶はときどき、あのコンサルみたいな男性が言った言葉を思い出す。
(そうよね。山ほどあるカフェの中で、無名のカフェを選んでくれるとしたら、そこに何か特徴がないと……)
紫晶は自分のアパートに戻っていく。
(そうだ、あのお店……)
あのパワーストーンの店には、あれから行っていなかった。
久しぶりに顔を出してみようと思った。
ガラスのドアをカランと開けて、中に入る。
店内は薄暗く、あちこちにライトアップされた水晶が置かれている。
「うわ……、きれい」
その水晶は、色が変わるテーブルライトの上に置かれているので、透明の水晶がいろいろな色に輝くのだ。
ポイント型の水晶も、クラスタ型の水晶も、それぞれの光の通し方で、さまざまに変化する。
(そうか。もともと水晶は透明。だけど、赤い光を当てれば赤く、青い光を当てれば青くなる)
それは、一宮が言っていた「心はもともと真っ白で何も書いていない」ということに似ていた。
しばらくじっと見ていると、中から店員が出てくる。それは、60代の男性だった。店主かもしれない。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは……。きれいですね……」
「ええ、心が癒されるでしょう?」
「ええ」
男性は白髪交じりの顎髭がとてもダンディーだった。
今日はあの女性はいないようだった。
(お礼を言いたかったんだけど……またにしよう)
ここでカウンセリングラボを紹介されたなんて言って、店主に怒られたら申し訳ない。
「こちらでお茶でもいかがですか?」
「えっ?!」
店内の小さな丸テーブルに、店主はポットを置いて、カップを2つ出した。
そして、香りのよい紅茶を注ぐ。
「さあ、どうぞ」
「ええ?! いいんですか?」
ただ鑑賞している客に、お茶まで入れてもらって恐縮だ。
「いいんですよ。どうぞ、お茶を飲んで眺めていってください」
遠慮している紫晶に店主は笑う。
「うちは、大手のホテルに卸しているんですよ。個人のお客様には鑑賞していただくだけで十分です」
「まあ……。そうなんですね」
なるほど、と思った。こんな大きな石を置ける場所はそうないだろう。店舗やホテルの装飾用というので合点がいった。
お茶をいただきながら、水晶を眺める。そこにあるのはほとんどが透明の水晶か紫水晶だった。
「癒されますね……」
紫晶は思わずに声を出して言った。
「ええ。癒されます」
店主も満足げにお茶をすすった。
「その指輪もアメシストですね。なかなか良い色だ」
店主は紫晶の指輪を褒めた。
「そうですか?」
「ええ。とても濃い良い色ですよ。周りにダイヤがついていて、デザインも素晴らしいですね」
「これ、母からもらったんです」
「ああ。なるほど。昔人気だったデザインですね」
(そうなんだ……)
母が大事そうに持っていた理由が少しわかった。それを紫晶はもらったのだ。
(そうだ。こんなふうに、水晶を眺めて癒される空間を作ろう)
紫晶はそのとき、そう決意した。
第8話 紫晶のカフェの魅力
いつものカフェで、紫晶は再び、試算をしている。
(クリスタルに囲まれたカフェを作りたい)
そう思って、デザインを描く。
(ええと……。部屋の8か所に、八角形のようにアメシストのカペラを置いて……。真ん中に水晶のクラスタ……)
描きながら、「はあ…」とため息をつく。
「ただでさえ予算がないのに、こんな高価なものを9つも置くなんて……。それに、20坪じゃ絶対足りない……」
最初からムリゲーである。
「お、少し進みましたね」
隣に座った男性が声をかける。前と同じ声だ。
「え?」
振り返ると、あの男性がいた。前髪はだいぶ切っていて、ちゃんと目が見えている。
「こんにちは。またお会いしましたね」
「え、ええ……。先日はありがとうございました」
紫晶はその男性をよく観察した。
シャツの襟を開いて、カジュアルなブレザーを着ている。
前は目がよく見えなかったが、よく見ると、なかなかのイケメンだった。顎のラインが角ばっていて、意志の強そうなところがうかがえる。眉と目の間が狭いのは彫が深いからだ。年のころは28前後というところだろうか。
「なんですか? その絵」
「あの……。前におっしゃっていたでしょ? 特徴がないと大手チェーンに勝てないって。だから、……クリスタルをおいたカフェはどうかなって。私、アメシストや水晶が大好きなんです」
「なるほど……」
男性はそのデザイン画をよく見ようと覗き込む。
「ふむ。これはきれいですね。だいたい、カフェはこんなふうに……」
彼は周りを見回した。
「みんな、半分は仕事をしてますよね。パソコンを開いてね。それからあなたのように書き物をしていたりね。だから、明るくしています。
でも、ここのカフェは水晶をライトアップするから、少し暗くなりますね。仕事をする場所でも、おしゃべりをする場所でもなくて、静かにたたずむ場所なんですね」
「あの……。ダメでしょうか?」
「いやいや。ダメではないですよ。ただ、これは場所を選びますね」
「……どんなエリアが似合いますか?」
「本当は、兜町や丸の内みたいな、普段から仕事ばかりの男どもに来てもらいたいカフェですが、……まあ、そこの男たちは来ませんね。
どちらかというと、表参道のような、おしゃれで恋人たちが歩くようなところですかね。それなら、裏通りでもいいし、路面店でなくてもいいでしょうね」
「そうですか?!」
「ええ。家賃を考えるなら、下北沢とか、吉祥寺、自由が丘あたりがいいでしょう」
それならば一挙に費用は下がる。
ちょっとホッとして、ニコッとした。
すると、それを見て男性は微笑む。
「ずいぶんと熱心なんですね。どうしてもカフェを作りたいんですね」
「はい。私の夢なんです!」
紫晶は嬉しそうに言った。
夢が少し近づいた気がしていた。
ウフフと微笑みながら、カフェオレを飲む。
男はそんな紫晶を見ながら、自分もコーヒーを飲んだ。
「でも、問題があるんです」
紫晶は思い出したように下を向いた。
「なんですか?」
「ただでさえ初期費用が高いのに、クリスタルはとても高いんです。だから、これはちょっと無理かも。8つはとても無理。でも、2つくらいなら置けるかな……」
「なるほど……。クリスタル、どこかにあてがあるんですか? こんなに大きいのはあまり見たことがありませんが……」
「ええ。目黒のほうにあるパワーストーンのお店があって、ホテルに卸しているんですって。そこのが買えるといいんですけど」
「なるほど……」
男はしばらく窓を向いて考える。
「ホテルに卸すようなしっかりとした店ならば、レンタルでも行けるのではないですか? 相談してみたら?」
「え、レンタル?!」
「ええ。できると思いますよ。石は腐りませんからね」
そう言って、男は笑った。
「わあ! それ、いいアイデアですね。ありがとうございます! あの……コーヒーのお替り、いかがですか? おごらせてください!」
紫晶は思わずそう言った。
「あはは。嬉しいですね。でも、まだ飲み始めたばかりなので大丈夫です」
「あ、そうですよね……」
テヘッと紫晶は笑った。
男はジャケットのポケットから、名刺を取り出した。
「よかったら、またご相談に乗りますよ。ここにメールしてください」
「えっ……」
名刺を渡されて、紫晶はそれを見る。
片面は英語で、片面は日本語だ。
「遠藤 徹」「Toru Endow」
肩書はない。メルアドがあるだけだ。
「私は、いしだしあき。紫水晶って書いて、真ん中の水を取ると、紫晶になります」
「へえ。お名前がアメシストなんですね。だから、アメシストの指輪をしていらっしゃるんですね」
「え? ええ。母がアメシストが好きで……」
紫晶は生まれて初めて、自分の名前の由来が母の愛と結びついていることを感じながら説明した。
(あれ? なんだかお母さんに感じる思いがいつの間にか変わっている……)
いつの間にか、母にとても愛されて育ったような自分がいた。
謎のイケメン、遠藤徹……。この男の正体はなかなかわからない……。




