カフェ開業の夢に向かって、進み始める!
紫晶は自分の人生を自分で作ろうと思い、自分でカフェを開業しようと考え始めた。
第5話 自己実現への道
あの日から紫晶は変わった。
まず、美容院に行き、髪を明るい茶色に染め、軽いウェイブをかけた。
そして、ダイエットを始める。体重を7キロ減らすのだ。
顔を自分でマッサージして、むくみをどんどん取っていった。
そして、店でなければ笑顔を作ることもなく無表情でいたのをやめて、普段から口角を上げて、口元を引き締める。
それから、普段着を変えた。今まではフワフワするダボッとした服が多かった。それをやめて、シンプルで機能的な服を買った。
仕事場では、まだ悠樹が全然気にならない、というわけではなかったが、感情のぶれが少なくなった。
悠樹が綾乃に声をかけたり、指示を出したりすると、自分よりもかわいがられていると勝手に思い込んでいる自分に気づいたが、それは幻想だと言い聞かせた。
「石田さん、最近とても素敵ですね。恋人でもできたんですか?」
綾乃が無邪気に言う。
心の中で一瞬ムカッとするのだが、それが3歳のころの自分のままだということに気づいて、一呼吸する。
「うん。きれいにしているほうが、お客様が喜ぶかなって……」
そう言って、微笑んだ。
紫晶は気づいてしまったのだ。
今まで自分は、いかに人を頼っていたか。
自分がそんなに依存的だなんて、まったく思っていなかった。
だが、現実は違っていた。
美しくないことも、「お母さんから美しさをもらわなかったんだから仕方がない」と人のせい。
いつか自分のカフェを開きたいと思っていても、「誰かがいつか背中を押してくれる」と人に期待する。そして、自分は無計画。
自分の仕事ぶりを評価するのは店長だと思い込み、評価基準に合うかどうかを気にして仕事をしていた。そんなことではいつまで経っても本物の実力にならないと知らなかった。
そんな、いつも誰かの評価や手助けを求めている自分に気づいてしまった。
(私は絶対に、自分のカフェを作るんだ! そのカフェに、今までの私みたいなブスッとした店員はいらない!)
そう思うと、誰よりも客に良い印象を与える店員になろうと思えた。自分の店のためなら当然だ。これが本当の評価基準なのだ。
作り笑顔ではなく、本当にお客様が来てくださることに対して、ありがたいと思えて、自然に出る笑顔。
自分の店を守りたいからこそ、真剣になる衛生管理。
今までは、結局のところ他人の店だからと、たいして努力しなかったのだ。マニュアルどおりにやればいいんでしょ、という傲慢な態度だったのだ。
(私はもう生まれ変わった! 絶対に元には戻らない……)
紫晶はそう決意していた。
週に一回はカウンセリングラボに電話して、一宮に相談した。
「ダイエット、うまく進まないんです。どうしたら?」
すると、一宮は教えてくれる。
「3歳の自分と対話してみてください。大人の自分が『もう十分食べたでしょ。もう終わりよ』と言うと、なんといって反論しますか?」
「ええと……。だって、好きなことだけしていたいんだもん。嫌なことを頑張ってやったんだから、好きなもの食べていいでしょ?」
それは3歳の紫晶の言葉だ。
要するに、3歳の自分は遊んでいたい、おいしいものを食べたいというだけで、他のことはなんにも考えていない。面倒くさいことはしたくないのだ。
普通に仕事をしているだけなのに、「頑張っている」と思い込んでいる。
だから、甘いものを食べるのをやめられない。
(はあ~……。こんなのがいたら、仕事で成功なんかできないわ……)
紫晶もわかってしまった。
一宮に教えられたとおりに、3歳の自分に教え込む。
最初はやさしく言ってみた。
「もう食べるのはやめて、勉強したり家事をしたりしようね」
すると、3歳の自分はほほを膨らませてふてくされる。
(何、この子。すぐにふてくされる……。本当にかわいくない!)
自分自身がこの子をかわいいとは思えない。
(こうやって、すぐにふてくされるから、顔がむくんでしまうのよ!)
だんだんと自分の顔の成り立ちがわかってくる。
紫晶はもう容赦しなかった。
「そうやって、好きなものばかり際限なく食べていたら、太って美しくなれないのよ! そして、美しい人を見て、『なんで私はきれいじゃないの?』って嫉妬するのよ。バカでしょ。自分で美しくならないほうを選んだんでしょ! いい加減にしなさい! 欲しいものは、自分の意志でつかみ取るの。好きなことばかりしていて、価値あるものがつかみ取れるわけない! だから、甘いものを食べていないで、しっかりと仕事をしなさい!」
心の中で3歳の自分に怒鳴ると、その子は震えあがって飛び上がり、慌てて働き始める。
そのイメージができたら、食べ物のコントロールはうまくいく。
「みんなと同じ努力しかしない人が、みんな以上に成功できるわけないじゃない!! 特別になりたかったら、特別な努力をしなさいよ!」
と、自分を容赦なく叱咤した。
目的があるから、それがつらくはなかった。
ちゃんと動けていくと、むしろ、自分をどんどん好きになっていく。
逆に思えば、今まで自分で自分が好きになれなかったのだ。だから、人の評価が気になっていた。
こうして、紫晶は3か月後には大変身をしていた。
第6話 未来のための試算
9月の休みの日。目黒のいつものカフェで紫晶はせっせと試算をしていた。
「ええと……。カフェを出すには……」
以前はなんとなく「いつか出せたらいいな」だったのが、具体的に考えるようになった。
「どんな店にするの?」
「誰に来てほしいの?」
「何席あればいい?」
「家賃はいくらまで可能?」
「客単価はいくらあればいい?」
そんなことをブツブツ言いながら考える。
「うう、……自己資金では絶対ムリ……」
当たり前だが、貯金ではとても足りない。
最初は融資を受けて、毎月借金を返済していかなければならない。
「う~ん…………」
紫晶はあれからずいぶんときれいになった。
ダイエットが進み、スタイルもよくなり、化粧もきちんとメイクレッスンに通い、きれいにできるようになった。体重はもう少し減らす予定だ。
髪の毛も伸びて、ゆるふわでまとめ、女らしさが漂う。
店は混んできて、カウンター席のすぐ隣にも人が座る。
だが、紫晶はそんなことに気づかず、せっせとメモをしていた。
「ええと…。1000万円借りるとして、これを7年で返済するとして……。客単価1200円で、一日60人なら……」
「ダメダメ。それだと全然返済どころか固定費さえ出せません」
いきなり隣から声が飛んできた。ビシッとした厳しい言い方だ。
「えっ?!」と右手を見ると、そこにはウェイブのかかった前髪が目を隠している、若い男性がいた。
「あっ……失礼。つい癖で……」
「はあ……」
男性は頭を下げた。
紫晶は眉をひそめた。
(人の独り言を盗み聞きして、「ダメダメ」って……どういうこと?!)
男性は焦ったように、右手で前髪をかき上げる。
「すみません。気にしないでください。ちょっと寝ぼけていました。アハハ」
「あの……。経営コンサルタントかなにか…をしていらっしゃるのですか?」
念のために紫晶は聞いた。
「あ、ええ。まあ、そんな感じの仕事を……」
「そうなんですね」
その男性の手元のタブレットを見ると、英語のページだ。
よくわからないが、どうやら経済ニュースらしい。
「すみませんけど、これだとどのくらい客が必要でしょうか」
試しに聞いてみた。
「あ、あの……」
男性は紫晶のメモを見て、「まず、客数は200人はいないとね。つまり、40人の席で5回転。このエリアだと家賃は約80万円くらい見て、スタッフは最低4人…」
「はあ……」
勝手に計算をし始めた。
「だから、このエリアでカフェをするなら、初期費用は最低で見ても、これだけかかりますね」
「はあ……。ありがとうございます」
紫晶はそのメモを見た。
初期費用は3500万円だ。このエリアだと保証金が高い。それで半分は消える。
これだけのお金を融資してくれる銀行があるだろうか。
「くくく……」
全然お金が足りない。こんなに銀行で借りれるだろうか……。
「このエリアだとそうなりますが、もう少し安い場所のほうがいいかもしれませんね」
「そうですか……」
「安い費用で開店したいなら、居抜きの店舗を探すとか? なら、内装費がかなり減りますね。でも、それだと面白くないでしょう?」
「はい」
カフェをデザインしたいのだ。居抜きは考えていない。だから、内装費がかなりかかる。
「それか、とても特徴のあるカフェなら、ここでもいけるかもしれません」
「特徴のあるカフェ……?」
「ええ。何しろ、こういうカフェのチェーンは多いでしょう? 大手には仕入れで勝てませんから、一人でやるなら、大手にはない売りがないとね」
「はい。そうですね」
紫晶は横目で男性を見た。
少し日に焼けた肌をしていて、指が細くて長い。
髪の毛で半分隠れている目は、少し茶色がかっていた。
「おっと、僕は行かないと……。失礼します」
そう言って男性は立ち上がり、トレイを持って去っていく。
「あ、ありがとうございました」
紫晶はお礼を言って見送った。
(はあ……。まだ実績のない私に3500万円を貸してくれる銀行って……)
先は遠そうだった。
謎の男登場。
経営にめちゃめちゃ詳しいこの男、何者?!




