徹が指導してくれていた幸運をかみしめて……
開業間際。徹への思いとビジネスへの意欲、ともにマックスの紫晶。
第34話 クリスタル・ハート・カフェ開業
開業準備のために、朝から晩まで紫晶は働き続ける。スタッフみんなでチラシを持って、近隣に割引券付きのチラシを郵便受けに配りに行ったりもした。
疲れて、夜寝る前のわずかな時間に、「遠藤徹」でネットを検索する。
そして、徹の出ていた番組のダイジェスト動画をみつけた。放送は半年前に終わっている。
加奈がファンだと言っていたのは、この番組を見ていたからだ。
それは、事業を始めたい人へ、徹が厳しいアドバイスをする番組だ。
数々の新規事業を世界のあちこちで立ち上げている天才投資家、遠藤徹。
そのアドバイスを受けたい人が事業計画を見せて、番組上で徹に「甘い!」とビシビシと叱られる。その小気味よさが人気らしい。
(私が受けていた指導と同じ……)
紫晶は一番最初に徹にかけられた言葉を思い出す。
「ダメダメ。それだと全然返済どころか固定費さえ出せません」
(あれ、番組口調だったんだ……)
動画の中で、徹に叱られている気の毒な起業家に共感してしまって、思わずクスッと笑いがこみあげる。
しかし、番組出演は彼の本業ではない。
徹は経営コンサルタントでも、融資の審査員でもなかった。
「僕はスタートアップの指導はしていますけど、それでお金をもらうことはないですよ」と彼は言っていた。それは真実だ。
有望な事業をみつけ、投資家から集めた資金を投じ、経営のアドバイスをしながら企業を育てていくのが彼の仕事だ。自分の金を投資した会社は自分の子供と同じ。子供を大人に育てるようなものなのだ。
「だからあんなに経営に詳しかったんだ……」
謎が少しずつ解けていく。
紫晶の融資が下りたとき、「当然です。僕が指導したんですから」と彼が得意そうに言っていたのを思い出す。
彼は自分のお金をかけるからこそ、公庫担当者よりも厳しく突っ込むのだ。
紫晶は「ファンド」「投資家」の意味を初めて知った。
そして、徹が紫晶に快く指導してくれた理由も想像できる。
徹のことを知っている人ならば、彼にお金を出してもらうことを期待する。
だが、紫晶はそもそも徹が何者か知らないから、徹にお金の期待をまったくしなかった。
(だから、彼は私に教えることを純粋に楽しんでくれてたんだわ……)
徹の正体がわかってくると、今までの自分の無邪気さがおかしい。
サングラスをかけたりするのも、テレビに出ていたからだ。前髪で顔を隠すときは、うっかりサングラスを忘れた時なのだろう。
そんなことも知らず、営業よけだろうとか、ヘアサロンに行く時間がないのだろうとか、勝手に思っていた。
(私、本当に奇跡みたいにラッキーだったんだ……)
いよいよ明日は、4月5日の開店日だ。
紫晶は開業前日の夜、右手のアメシストの指輪をそっと外して、ケースにしまった。
父が母に贈った、ふたりの思いが込められたこの指輪のおかげで、徹に会えた。
でも、仕事では指輪をつけられない。しばらくは朝から晩まで休みなく仕事に専念するから、失くさないようにこの指輪をしまっておこう。
(お母さん、お父さん、ありがとうね。……私、頑張るわ)
そして、4月5日の朝。クリスタル・ハート・カフェの誕生の日。
ずっとカフェで働いてきた紫晶も、さすがに緊張する。
近隣にはチラシを撒いたし、SNS広告も打った。ご近所の皆さんには開店前にモニターに来ていただいて、理解を得られたし、割引券も配ったから、宣伝もしてくれたはずだ。
店内は静かな音楽が流れている。2階は隣の家の桜がきれいだ。
「トイレ、オッケー。玄関もオッケー……」
11時の開店時間前には、お客様が並んでいる。
「店長、もういらしていますよ!」
と、加奈が窓から外を見て紫晶に笑顔で言う。
「ほんと?!」
「はい! 私、頑張ります!」
そう言って、カウンターの中に戻る。
加奈はとても嬉しそうに働いてくれる。
苦手だった笑顔も、自然に出るようになった。
(妹みたいな存在……。妹って、こんなに大切なパートナーなんだ……)
それが理解できて嬉しくなった。
「はい! 開店します!」
道子がドアを開け、札を「営業中」にひっくり返す。
「いらっしゃいませ!」
たくさんの女性たちが入ってくる。最初はおそらく、近隣に住む人たちだ。
たくさん作って置いたシチューに注文が次々に入る。
(これはお母さんのレシピ……)
徹が言ったように、これはオペレーションが軽いから落ち着いて対応できる。
客は料理を待つ間、席を立って5つのアメシストを見に行く。一番大きなアメシストは高さが150センチだ。これは圧巻で、客たちはせっせと写真を撮って、SNSに上げてくれる。
料理のメニューはまだ少ないが、ハンバーグサンドも周りにベリーを並べて、写真映えするカラフルな盛り付けだ。ハンバーグサンドとベリーの組み合わせがユニークで、それもSNSに次々とアップされた。
席がどんどん埋まってくると、写真に撮って、徹と母にメールで送った。
「初日から、お客様がたくさん来てくださっています!」
そうメッセージを書いた。
母がくれた300万円と思っていたけど、本当は父のおかげなのだろう。
「お父さんもお母さんも、そのうちぜひ、食べに来てね!」
とメッセージを付け足した。
初日が終わり、2日目、5日目となんとか動かせている。
紫晶の店の客は順調に増えていった。
ある晩、紫晶がまたSNSで遠藤徹を検索すると、彼のSNSが出てきた。
「最近気に入っている代官山のおしゃれなカフェ」と言って、シチューの写真と店内の写真をアップしている。それは開店3日目の日付だ。
でも、写真はモニターで来た日のものだ。
宣伝してくれているのだ。
(嘘つき……。開店してから一度も来ていないくせに)
ちょっと笑えた。
応援を受け取るのと、頼るのとは違う。
(会いたいなぁ……)
ネットで拾った彼の写真を見ては、ため息をつく。
お店のためには、休みなく頑張らなければならない。
次回、最終回です。
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